1-2 chases dearest

「キタ! 完成! 完璧でしょ!」

 私──服部若菜は、柳田さんがなぜか大事に取っておいてる雑誌を、無事並べ直すことに成功した。本当は「触るの禁止」って言われてたんだけど、ちょっと、その、私欲が、ゲフンゲフン。

 え、並べ直しはどうやったのかって? 簡単ですよ。

 全部読んだ。で、雑誌に小さく載ってる発刊日順に並べてみたってワケ。発刊順なら買った順番の可能性高いし、これなら柳田さんも納得でしょ。

「平積みは見栄え悪いので立てときましたァー、なんつって!」

 で、その「全部読んだ」結果、私は種類も言語も発刊先もバラバラなこの雑誌たちに、共通項をひとつだけ見つけた。


 それは、彼──YOSSYさん。

 YOSSY the CLOWNが絶対に載ってるってこと。


 大きい写真も小さくて短い記事も、YOSSYさんが載っている雑誌が集められてるみたいだった。柳田さんが買ったんだろうか。どうしてここにあるのかは、全部読んだけど結局わからなかった。


 そもそも二人は、どういう関係なんだろ。


「YOSSYさんが、私に柳田さんを紹介してくれた。けど柳田さんは、YOSSYさんと仲が悪いみたいなんだよなぁ」

 なのに、雑誌をこんなに集めてる。もしかしたら、「見るな」って言われてるあのスクラップブックも、YOSSYさんのインタビューかなんかの切り抜きだったりして。

「いろいろ訊いたら怒るかなぁ、柳田さん」

 ちょっとだけモヤモヤする。他人ひとの関係になんて普段はサラサラ興味はないのに、なんだか、今回は無性にウズウズ。

 帰ってきたら訊いてみようかな。……柳田さんの機嫌次第で、だけど。


 なーんて考えていたその時。


 聞きなれないドダドダっという駆け足が、やかましく階段を上ってきた。それは事務所──つまりここへ近付いてきてる。

「なんだ、クセモノかっ」

 ガラス戸をカラカラピシャンと閉めて、振り返りがてら目をキッと吊って、アルミの扉をひと睨み。警戒心いっぱいに身構える。……まぁ、身構えたところで何も出来ないんですけどねっ。えーえー、私の出来ることなんて、掃除洗濯裁縫くらいですよーだ!

「ダアッ!」

 そんな大きな声と一緒に、アルミの扉がバンッと酷い音をたてて開いた。ビクゥっと跳ね上がる私の肩。無駄なファイティングポーズにいたっては、情けないことにガックガク。

 でも、入ってきた声の主がまさかの人物だったから、私はファイティングポーズをゆるりと解いた。

「や、柳田さん?!」

「はあっ、はあっ」

 そう。この事務所のヌシである柳田さんが、全力疾走さながらに事務所に転がり込んできたワケ。

「どっ、どうしたんですか、そんな慌てて」

 私の問いかけと被ったタイミングで、アルミの扉はバチン、と酷い音で閉められた。なに? 機嫌悪いの? もー、面倒くさいなぁ。

「おい、誰か来たかっ?!」

「え?」

「俺以外に、ゼェ、誰かここに、来たかっ?!」

「い、いいえ。電話もなかったし、実に閑散かんさんとした、一日です」

「わーった。ハァ」

 眉を寄せて、ゼエゼエ息を切らし続ける柳田さんをじっと見る。

「いいかっ。絶対物音、たてんなよ。ガハガハっ、……ダアッ」

 痰絡まってる。タバコなんか吸ってるからそんなんなるんだよ、まったく。


 私は小さく「わかりました……」と首を縦に振る。

 柳田さんは、ドアノブをガッチリ握った格好で、アルミの扉の外へ全神経を集中させ始める。ゴクリと固唾を呑んで、始終を見守ろうと決めた私。


「ハー、はぁ、はあぁー……」

 事務所内は、柳田さんの肩で息をする呼吸音が響いて、他の音は一切聴こえなくなる。普段は窓の外から聴こえる商店街のザワザワも、まるでピタリと止んだみたいに遮断されてしまったような。

「…………」

「…………」

 ようやく柳田さんの呼吸が整ったのか、事務所に本当の静寂が降りる。

 耳がキーンとして、逆にうるさい。壁掛け時計の秒針もハッキリ聴こえてくる。うう、こういう空気、私一番得意じゃない。

「追って来て、なさそうだな?」

 階段を上る『追跡者』の足音が聴こえてこないとわかると、柳田さんは目力をほんのりと解いた。まぁ例えるなら、『木彫りの般若のお面』クラスから『ねぶた祭りの山車だし』クラスに変わった程度なんだけど。

「誰かに追われてるんですか?」

「あー。なんとか撒いたみてぇだけどな」

 柳田さんはふはあ、と溜め息をついて、おでこをゴンとアルミの扉へもたれかけた。

「誰ですか?」

「テメーにゃ関係ねぇよ」

「依頼主ですか?」

「ちげぇ」

 頭を上げて、くるりとアルミの扉から離れる柳田さん。それを目で追う私。

「じゃあヤバい人?」

「まぁ、ヤベー奴にゃ変わりねぇけど」

 かかとをカシュカシュ擦りながら、三人がけソファへ近付いていく。そこへどっかり腰を下ろすと、細長い左脚を高く組んだ。

「もしかして、昔の女とかですかっ?」

「バァカ、ありえねぇだろ」

「そうですよね、柳田さん女っ気ないし」

「うるせぇ」

「あー、もしかして童──」「んなわけねぇだろ」

 そうなんだ。ちょっと、柳田さんのが大人なんだな……ぐぬ。

 柳田さんは、胸元から取り出したマッチをジャッと擦って、咥えたタバコへ近付ける。

「つか、テメーは掃除だのは終わったのか」

「えっ!」

 どきん、と跳ね上がる心臓。いや、確かにやるべきことはまだ途中なんだけど、さっき見ていた雑誌のことが頭を掠めたから、つい、後ろ暗い思いが。

「おわおわ、お、これから、買い出しですっ」

「フーン? んじゃ、ちゃっちゃと行ってこい」

 柳田さんは、事務机の引き出しから財布を取り出すよう、顎をクイと向けてきた。

 この財布は事務所の小口現金。レシートを貰って、家計簿みたいに逐一出納すいとうを帳簿させられてるワケ。じゃないと、私が「どこで勝手に遣うかわからん!」って、柳田さんがうるさいから。まぁ、私も『カネ遣い』を矯正してもらってる最中だから、それくらいやって然るべき、って感じだけど。

「柳田さんこそ、今日の調査とやらは終わったんですか?」

「まあ、今日のところはな」

 手にした小口現金財布をポン、とひと跳ねさせて、私はアルミ扉へと近付く。

「駅前のスーパー行ってきますね。なんか要ります?」

「いつものタバコ、ワンカートン」

「それ経費になりませんからね」

「わーってるっつの」

 カチャリ、ドアノブを回し開ける私。

「じゃあ、あと他に欲しいのあったら連絡してください」

 ぐっとアルミ扉を引く。

「僕らはココアが欲しいなぁ」

「はぇっ?!」

 開けた先からしたその声に、私は目を丸くして固まった。


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