1-4 candies is round

「なっ……に、日本語?!」

 目を白黒させる良二。その動揺している背へ、小走りで若菜は駆け寄る。とてつもない勇気を抱えた金髪碧眼の子どもLITTLE GUYを、その目で直に見ておきたいと思ったためだ。

「サム、わかるの?」

 善一が小さく日本語で問いかけると、サムは半身を振り返って小さく頷いた。

「ボク、日本語がわからない『ことが嫌い』だと、言ったでしょ? 耳で聞いI listeningand勉強したんだstudiedたくさんmany manyでもbutこっそりねso secretly

 前半の模範的な日本語は、しっかりと学んだ証だとさとる善一。

アタシもMeだよtoo、ヨッシー」

 そっと、左側のエニーも告げる。

八割Can聞き取れてるbe heard about80%

ボクたち頑張ったでしょWe did the BEST right? 一週間でこれだからねOnly one week's that

「キミたち……」

 善一をくるむ、深い安堵。

 一方で、良二の中で沸く、ぐらぐらとした苛立ち。思わずポケットに左右それぞれの手を突っ込んだ。

 良二の背後にて、心配そうなまなざしを向け続ける若菜。ソワソワと胸がざわめく。


 サムは、善一とエニーへひとつ薄い笑みを向けた。スゥと深呼吸の後に、良二へ向き直り口を開く。

「ボクは、サムヤナギダです。そっち、妹のエニーヤナギダです。エニー人が怖いから、ボクが代わりにお話しします」

「うわ、流暢りゅうちょう……」

 思わず溢した若菜の独り言。良二はぎゅ、と眉間の彫りを深くする。

「ヨッシーは、ボクとエニー助けてくれました。ハッピー教えてくれました。ヨッシーの力になりたいです、ボクとエニー、ずっと」

「…………」

「全部、大丈夫。ボクとエニー、大丈夫」

 サムは震える右手を、そっと良二へ向けた。

「だから、ヨロシク、です」

「あ?」

握手shake hands。ボク、挨拶、おわり」

「…………」

「だから、怒るのも終わり。OK?」

 そう言ったサムの双眸そうぼうは、やけに鋭い。どことなく、そのまなざしに既視感があるような気さえしてくる良二。

 かつての我が身を見ているかのような──良二は脳裏を掠めるその言葉を揉み消すように、赤茶けたボサボサの頭髪を左手でガシガシと掻いた。

「別に、オメーには怒っちゃいねぇよ」

 ストン。良二は長い足を折り、ポケットから出した前腕をモモの上に乗せ、サムと視線高を合わせる。


 真正面から、良二はサムへ向き合う。

 コイツのどこに惹かれて、養子にしたんだか──良二は推測を試みるも、しかし情報量が少なすぎて実らずに終わった。


 真っ直ぐに見つめられると、なんだか見透かされてしまいそう──サムは真一文字に結んだ口を、更に固くする。差し出した手が、フルフル震えてしまわないか。サムは堪えていた。


「ん」

 そんな、互いの逡巡しゅんじゅんの時間を挟み、良二が右手をサムへ差し向ける。

「え?」

「しぇいくなんたら、なんだろ?」

 ぶっきらぼうに差し出した良二の右手が、宙ぶらりんになったままのサムの右手を待っている。

 後ろからそれを眺めていた若菜は、良二の耳がわずかに赤いことに気が付いた。「照れてる」と、しかし口腔内にてそれは足踏み。

「う、うん」

 そっと触れ合う、良二の大きな右手とサムの小さな右手。サムは、良二の大きな掌から伝わる温もりに、ハッと目を見開いた。


 優しい気がする。

 なんだか心地よくて、吸い付くような感覚がある。

 初めて触れたのに、初めてではないような。


「…………」

 そっと離された、手と手。

「んっ?」

 サムが自らの掌をじっと見れば、その手にはふたつ、ブドウ味の飴玉があって。

「柳田良二。ここで探偵やってる」

 短く言い切る良二。その真意は、単純明快にサムとエニーへ伝えようと試みたわけだが、善一と若菜には、その良二の真意を察するに至らなかった。

 サムは飴と良二の顔を交互に見て、善一を半分振り返る。

What's? たんてい……」

「『ディティクティブJust DETECTIVE』さ。ホームズみたいなことだよLike Sherlock Holmes

 ハテナを浮かべたサムへ、善一が助け船を出す。

 密やかに若菜が「ホームズだって!」と笑いを堪えれば、そこをバッチリとエニーに観察されていて。

「ホントは凄腕マジシャンなんだけどねぇ」

「マジシャンじゃねぇ」

 善一の訂正に噛みつく良二。漫才みたい、と、若菜はニタリと笑って、サムへ言葉を加える。

「でもマジックの腕はホントに凄いですよ。私が認めます」

「テメーに認められても微塵も嬉しかねんだよ」

 噛みつかれてしまう若菜。サラリと受け流し、腕を平たい胸の前で組む。

「あぁ、彼女は、僕に弟子入りしたいって言ってきた……あー、えっと」

 思い出せない、と固まる善一。それを察した若菜は慌てて自ら名乗り出る。

「ぐっ。は、服部若菜ですっ!」

「そうそう、Signorinaシニョリーナ若菜! 今は良二にマジックの稽古つけてもらってるんだよね?」

かたわら、秘書もやってますっ」

「ふむ、良二の役に立ってくれてるんだね。ありがとう」

「いえっ。あの時YOSSYさんと約束しましたからっ」

 キリリと敬礼しながら、善一へ真面目をアピール。それをわかった上でヒラリとかわし、善一はニッコリと笑った。

「あ、アリガト、candies。エニーにも『あげてくれて』」

 小さくそうして割って入ったサムは、良二へ真っ直ぐに告げる。

「別に。オメーが妹の代わりもやってんだろ。大した兄貴だな。誰かと違って」

 そうして良二は立ち上がり、くるりと背を向けてソファへと向かってしまう。

「あれ、照れてるだけなんです。だから気にするなよ、少年」

 スッと差し向ける右手。若菜もサムと握手をしたかった。サムはきょとんとそれを見つめ、困ったようにはにかんでから、若菜の手を優しく取る。

「若菜は、ヨッシーと友達?」

「いいえ、ただのファンです」

「ヨッシーのファン?」

「はいっ。私もヨッシーさんに救われましたから」

「そうなんだ。『良二』は?」

「あ、ダメですよ、柳田さんを名前で呼んだら怒られます。だから……あ、そだ。耳貸してください」

 握手の手を放し、サムの左耳にひとつの名詞を告げる若菜。

「わかった。『リョーちん』だね」

「ハア?!」

 無垢に呼ぶのは良二の『あだ名ニックネーム』。それは隣の花屋の店長が呼んでいた「リョーちゃん」と酷似していて。

 若菜は「リョーちゃん」と教えたものの、サムは発音に失敗。ゆえの「リョーちん」で、若菜と善一は「ブフッ」と地面へ向かって吹き出した。

「おいテメ、なに吹き込んでやがる!」

 ソファから立ち上がる良二。しゃがんだ体を折り曲げてふるふると笑う若菜。

「クッフフフいいじゃないですか、別に。どのみち『名前で呼ぶな』って怒るの、柳田さんじゃないですかプスススス」

愛称nicknameで呼ぶのを始めると、仲良くなれるよ」

 サムの一言に良二は頬を真っ赤に染め上げ、ギロリと善一を睨み付ける。

「おい、愛称にっくねいむうんたらはテメーの入れ知恵だな。ただちにやめさせろっ」

「くっくくく……そうだけど、ブッ! かわいいじゃん『リョーちん』! 中学のときの二つ名みたいでぶはははっ、サムGood Jobいいねぇ!」

 胃の辺りを抱えて体をくの字に曲げる善一。「もう限界」と楽しげに目を細めている。

「クソ! 笑ってんじゃねぇ!」


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