5-2 cool eyes

「こんなだから見られたくねぇし、コンタクトしてンだよっ」

 良二が向けた眼球に、若菜は口を丸く開けて固まった。


 向けられた良二の瞳は、双方で色が異なっている。

 片一方が茶色みがかった黒。もう片一方は澄みきったシルバー。白に近い銀──プラチナ色とでも言えようか。


 視力は悪くない。それなのにコンタクトを使用していると言う、良二。

 つまり、それは。

「か、カラコンっ?」

「あー」

 気怠けだるげに相槌を返す良二。

 良二の双眸そうぼうから視線を動かせない若菜。

「あ、だから突発的に隠したんですか?」

「まぁ正直、知られたくはなかったな」

 そうして「やれやれ」と肩を竦め、若菜から視線を外す。赤茶けた天然パーマ気味の頭髪をガシガシとやっていると、「いいじゃないですか」とあっけらかんと若菜は言葉を投げた。

「は?」

「『コスプレ』が趣味とか意外でしたけど、柳田さん身長もあるし、なんでも似合いそうですもんね。自信持ってくださいよ」

 そうして若菜はにぃんまり、と不気味に笑んだ。

「はっ、はあっ?!」

「大ー丈夫ですっ、他言はしません。『マドンナリリー』のてんちょにも内緒にしますって! あぁそうアレ、契約内容的に言うと、何でしたっけ、秘密……秘……あっ、守秘義務? 守ります守ります」

 信用ならない文言と、壮絶な勘違いが展開されていることがありありとわかる良二。冷たいまなざしを放つも、若菜は微塵も気が付かずに話を続ける。

「それにほら、クールジャパン、ブフッ! ですもんね。日本の文化! ジャパニズム! んっふふふ、柳田さんにコスプレ趣味があったなんて。いやあー、やっぱり柳田さんってちょっと厨二病なんですね、『血の契約』発言から思ってましたけど、プフーッ! フフへへっ、人はやっぱり見かけによりませんねぇ! うんうんっ」

 じんわりと顔を歪め、眉を寄せ、良二は背もたれをギイイと悲痛そうに鳴らす。若菜の話は右から左。

「それでそれで? その白い瞳は、誰のコスをするために入れたんですか? 結構似合ってますよ、大丈夫っ。柳田さん、案外顔『だけは』綺麗ですし」

「逆だバカ」

「は?」

 良二は、その長い脚を左を上に高く組み、顎を上げた。

「レンズは左目の、この茶色い方だ」

「は……」

 ぐっ、と自らの左目へ左手の親指を指し向ける良二。

「いやいやいや、何言ってんですか」

「別に信じなくても関係ねーけど」

 むす、とそっぽを向く良二の態度に、若菜はその言葉の真実味を何秒も遅れて実感する。

「え、ええっ?!」

 バタバタバタ、と、若菜は良二へ詰め寄るように顔を近付ける。小さく溜め息を挟み、良二は再び左目をこじ開けレンズを外す。

 ほら、と若菜へ、裸眼の両目を見せつけた。


 右目も左目も、見事に白銀の瞳。

 まるで作り物の眼球のようだ。いやにつるりと見える。ガラス玉よりもガラス玉に似て見える。


 良二の左人指し指に貼り付いているレンズへ視線を落とせば、そこには茶色く色付いたコンタクトレンズがふわりと乗っていて。

「そこで寝てたらコンタクトこれ貼り付いちまったんだ。だァら、ちょっとレンズ外して洗ってた。そこにテメーがバタバタ帰ってきて、バレたくなくて隠したのが真相だ」

「あー、ええー、とォ、その」

「いい別に。余計なこと口にすんな」

 良二は大きな溜め息を吐いて、指先のレンズを左目へと戻す。

「今まで『これ』でいい想いなんてしてこなかったからな。だから隠してる。必死にな」

 流れるように、右目へも茶色く色付けられたコンタクトレンズを戻す良二。

「気色ワリーだろ、純日本人のクセに白い目してるのなんてよ」

 嘲笑ちょうしょうのように吐き残し、良二はくるっと椅子を回して窓を向いた。若菜には背を向けた姿勢。そうして、背後の若菜の反応リアクションをシミュレートする。


 若菜は恐らく、「そうですね、隠した方がいいですよ」などと言ったりするのだろう。

 「何かの病気なんですか?」と訊ねてくるかもしれない。


 良二は、あらゆる『トラウマ』の文言を、そうしてまるで身構えるように待っていた。

「あの、正直──」

 ほらきた、と、良二は奥歯を噛み締める。

「──羨ましいなって、思って」

「……ん?」

 耳で待ち構えていた幾多の文言のどれにも掠らない言葉の並び。良二は渋面じゅうめんと言えるような顔を、ぐりんと若菜へ戻し向ける。

「うら、っ、はぁ?」

 頬を赤く染め、なぜかキラキラとしたまなざしを良二へまっすぐに刺していた。口元はだらしなく緩み、頬はぐにゃりと歪み。うっかり浮かんでしまった「何の表情だよ」というツッコミを、無理矢理呑み込む良二。

 若菜は「あっ」と一旦目を伏せ、辿々しい言葉をなぜかせわしなく繋いでいく。

「そっ、そりゃそんな風に言うくらいだから、ツラいこととか? 沢山あったんでしょうけど。ぶっちゃけ私は、なんか、その、いいなぁーって思っちゃったんで、その……」

 両腕を背へ回し、ヘラヘラと四方八方を向く若菜。

 これは、若菜自身の本音や事実を、正確に伝えようとするときにみられる行動。若菜は、自身が感じた『ポジティブ』を、精一杯良二へ正確に伝えたいと思ったわけだ。

「ご、す、すみません。私の発言で、ヤな想いさせてしまって」

「え、いや」

 良二は険しい表情のまま、フイと事務机へと視線を戻す。


 若菜の発言が、同情なのか、嘘か、本当か──そんなこと、良二にはさっぱりわからない。そういう部分を『想像』したり『寄り添う』事が、生まれつき苦手であるためだ。

 若菜が嘘を吐けない性分であることや、器用に立ち回れないことを加味するも、本人の口から「こうなんです」と明らかにされたわけではない。

 良二的にはあくまでも推測の域を越えないが、どうやら若菜が良二の瞳を「羨ましい」と思った事は、限りなく本心であるに違いないようで。


「なんか、よ」

 今度は良二が、かける言葉を探す番だった。

 思わぬ人物に、自らのコンプレックスを『羨ましい』という形で受け入れてもらえた。ほんのわずかに疼く、良二の奥底の深い傷。それが暖かい何かにフワリとくるまれたような感触がして、ぐらぐらと困惑している。

 これの正体が、良二にはわからない。なんという的確な言葉に換えて、若菜へ伝えればいいのかがわからない。何の言葉も出てこず、しかし何かしら若菜へは返したいもので。


 まるで、深い曇天の合間から光が一筋見えたような。あれを一般的には、『天使の梯子はしご』と呼ぶのだとか。


「あの、気味悪いだとか、ホントに私は思わなかったので、その──」「もういい」

 若菜必死のフォローの文言に目を閉じる良二。わずかに間を開けて、フッと勝手に、鼻から息が漏れ出た。

 それは若菜がではない。

 良二だ。

「んっ?!」

 微かなその一音に、目を見張る若菜。

 まずい、と慌てた良二。咄嗟に口をへの字に曲げ直し、更に左掌で覆い隠す。

「い、今、笑った、でしょ柳田さん」

「わっ……て、ねぇ」

「いやいや、もっかい! もっかいだけ笑ってください!」

「あ゛あ゛ん?! テメ、誰に向かって」

「あーあ、もうデフォルトに……」

「だー、うるせぇうるせぇっ。この話は終わりだ!」

 椅子からガタンと立ち上がり、かかとを激しく鳴らしてアルミ扉へ向かう。

「あれ、どっか行くんですか?」

「だから。デッキブラシだろ?」

「あ、そっか」

 アルミ扉がガタリと開く。

「ホームセンターのより、商店街そっちの金物屋の方が安くしてくれましたよ」

「ん」

 若菜には一瞥いちべつもくれず、良二は背を向けて事務所を後にした。

「耳、赤かったな。柳田さん」


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