第4話 心とは


心とは、浮き沈みが激しくて、安定しないものだ。

言葉にしてようやく、相手に伝わる面倒なものだ。

理央の言うとおり、言葉は道具に近いのかもしれない。


エルダがどうしてあんな物を作ろうとしたのか、今も分からない。

動機に関しては、話すことは滅多になかった。


俺からは自分の創作意欲を満たすため、としか言いようがない。

彼女も作りたかったから作ったと、メディアに堂々と発表していた。


もっと高尚な理由だと考えていたのだろうし、望んでいたのだろう。

そんな幼稚な理由で片付けてほしくなかったのが本音だろう。


しかし、それが本心でないことは、誰だって分かっていた。

どんなインタビューでも、彼女は真面目に答えなかった。

ふざけて茶化して、話を誤魔化し話題をそらしていた。


そういえば、週刊誌やワイドショーを特に嫌っていたっけ。

芸能界に関するニュースになった途端、テレビを消していたのを思い出す。


余計なことに頭を回さなかった分、研究に没頭できたのだろう。

気になったら、どんな些細なことでも調べ上げるのか彼女だった。

それらが積み重なって、完成したのが俺なのだ。


「唯一無二の物。壊されたくないもの、だよ」


そうだ。だからこそ、俺は逃げ続けているんだ。

いつ壊されてもいいとか何とか思っていても、結局は逃げている。


俺の心の中に、彼女が生きているから。

魂が刻まれているからなんだ。


「エルダが人生を棒に振ってまで作り上げたんだ。

そう簡単に無駄にさせるもんか」


彼女が本音を言うことは滅多になかった。

それは誰に対しても同じだ。


それでも、彼女は俺のことを誇りに思っていたのはまちがいない。

俺を作らなければよかったと、後悔だけはしなかった。


「多分、君が死にたくないって思う決意はそこにあるんだろうな。

そして、今の君を動かしているのもエルダの遺志なのかな?」


理央はあえて、「死にたくない」と表現した。

短くなったタバコを携帯灰皿に突っ込んだ。


「君が生きたいと思うのも、自然なことだと思うよ。

託された思いは無駄にしたくはないものな」


彼女が残してくれた、唯一の物を抱えて俺はここまで来た。

遺志といえば遺志だ。遺作ともいえるかもしれない。


「そう考えると、君はある意味では人間なのかもしれないね。

エルダはそういうモノを作りたかったのかな」


「人間でもなく、機械でもない何か?」


「それを何と表現するかは、私には分からない。

ヒューマノイド、アンドロイド、人造人間……。

言葉はいろいろあるけど、どれもあてはまらないでしょ?」


「けど、その唯一無二の物は人の手によって作られた。

それがある限り、俺はロボットだ。人間にはなれないさ」


「確かにね。だから、たった一言でも何か言えばよかったんだよ。

俺はまちがっていないって。エルダを馬鹿にするなって。

あれだけ好き勝手なことを言われたんだしさ」


エルダが特に何もしていなかったから、俺も何もしていなかった。

自分の研究に対して、あれだけの熱意を示し取り組んでいた。

一転して他人に対する態度はがらりと変わる。


他人の批評はまるで興味がなさそうだった。


『口うるさく文句を言うような奴と、同じ土俵には立ちたくないだろう?』


批判や中傷を受けるたびに、彼女は言っていた。

自分に言い聞かせているように見えた。

それだけプライドが高く、譲れなかったのだろう。


けど、怒りを感じなかったと言えばウソになる。


何で同じことしか言わないんだろうな。

言いたいことは分かったから、そろそろ黙ってくれ。

無責任に好き勝手なことばかり言いやがって。


何度思ったことだろうか。両手じゃ数えきれないほどだ。


今までずっと黙ってきたんだ。

これまでずっと耐えてきたんだ。


確かに一回くらい、怒ってもいいのかもしれない。


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