第3話 心って何だ?



誰かの手によって組み立てられていれば、「心」ではなくなる。

彼にとって、ロボットは全て同じに見えるらしい。

技術的な知識が薄い一般人なんて、こんなものかもしれない。


どちらかというと、哲学者の傾向が強いか。

ただ、これだけ持論を展開されてしまうと、かえって相談しづらいものがある。


電話をしている人はちゃんと相談できているのだろうか。


「ああ。悪かったね、ちゃんと聞けばよかったかな」


多分、タバコを許可もなく吸い出したことに対する言葉だろう。

別に俺は気にしていない。

あまりにも自然な動きだったから、癖になっているのだろう。


白い煙は空高く昇り、灰がぽとりと地面に落ちた。

今夜は比較的暖かい。外で長話をしても苦にならないのだろう。


「なあ、アンタのいう心って何だ?」


これは俺の純粋な疑問だ。


これまでIに対して、様々な意見を見た。

彼の存在に対して、手を挙げて賛成する人間もいた。

彼の価値に対して、拳を振って否定した人間もいた。


しかし、淡々と事実を述べただけの人間はいなかった。


この長髪の男は静かに、ただ語るだけだった。

死にかけの人間から相談される日々の中で、何を見出したのだろうか。

導かれるような何かがなければ、あそこまではっきりとは答えないはずだ。


「私が先に言ってもなあ……じゃあ、君の言う心とは何だ?」


質問を質問で返されてしまった。

彼なりの意見があるみたいだし、先に聞いても仕方がないか。


「『あらゆる大義名分の根底となるもの』であり、『言語による統制がされて、初めて形となるもの』である、とか?」


俺の主人がよく言っていた言葉をそのまま引用する。

自分の研究についてまとめた論文でも述べていた。

かなり気に入っていたフレーズだったようだ。


理央は意外そうに笑った。


「よりにもよって、その言葉を引っ張ってくるか。

エルダのファンだったのかい?」


「ファンっていうか、俺のマスターだよ」


二人で顔を見合わせ、お互いに目を大きく見開いた。

えっ、何言ってんの。

自分自身に対するツッコミでもあり、俺の言葉に対する理央の驚きでもある。


この人には関係のないことなのに、ぽろっと口から出てしまった。

そこまで心を開いた覚えはないんだけどな。


「通報したけりゃ、通報しろよ。

俺の首を研究機関に差し出せば、ヒーローになれるよ」


俺には多額の賞金が課せられている。

記憶が正しければ、ゆうに数千万円は超えていたはずだ。

賞金目当てに襲ってきた奴らも、いたことにはいた。


しかし、それは行方不明になる前の話だ。

俺がまだ、エルダと暮らしていた頃のことだ。


彼女が捕まって、俺が行方不明になってからというもの、誰も来なくなった。

未だに俺を探しているのは、研究機関くらいなものだ。

その賞金の額はどのくらいになっているのだろうか。


賞金そのものを撤回したか、金額を吊り上げたか。

それがどうなったかは今は分からない。

いずれにせよ、俺を狙う人物は格段に減った。


「そんな形で億万長者になってもな……君とはもう少し話してみたいし。

今日のことは黙っておくことにするよ」


開き直った俺を見て、理央は苦笑いした。

自慢するならともかく、黙っておくとは、何とも物好きな奴だ。


ただ、彼の場合は本当に墓場まで持っていくかもしれない。

ずっと黙ってくれているかもしれない。


「けど、他人の言葉を引っ張ってくるのはちょっとズルいよね。

君の口から、心の定義を聞いてみたいな」


まあ、言われてみれば確かにそうか。

俺の意見を聞きたがっているわけだし。


心の定義か。考えたこともなかったな。

エルダの言葉の通りのものだと思っていたし、まさにその通りだった。


そして何よりも、俺にとっては邪魔なものでしかなかった。

彼女を裏切るようで申し訳ないが、本当にその機関は必要だったのだろうか。



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