第2話 バケモノとは



ロボットの世界における「バケモノ」といえば、「心」を持っている機体だ。


エルダ・ペリドーテは人生のすべてをささげて、「心」を作り上げた。

そして、それを組み込まれた機体の名はI。

Iと呼ばれた彼は、世界初の自律思考型ロボットとされていた。


自律思考型ロボット。自分で考え、行動できる。

将来を先読みし、最適な行動がとれると期待されていた。

誰も気づかないようなことをロボットである彼ならば、気づくかもしれない。


しかし、研究機関はその点を最大の欠点とみなした。


主人に逆らい、攻撃する恐れがある。

人類に反逆したら、どうするつもりなのだ。

多くの研究者や技術者はそう主張した。


自分と契約しているロボットが逆らうだなんて、ありえない。

技術には疎い民間人もそう考えており、支持を集めた。


ロボットの原則から外れるような行為や技術を彼らは非難した。

タブーに触れたとし、Iと生みの親であるエルダを処分することになった。


最も、その決定が下される前に、二人は逃げ出した。

そうなることが何となく分かっていたからか、お互いに何も言わなかった。


二人は逃げ延びた先で、短い平和を楽しんでいた。

いつかは終わると知りながら、永遠に続くのではないかとさえ思っていた。


平和の幕が閉じたのは、ほんの数か月前の話だ。

ようやく、彼女が研究所によって捕らえられた。

彼女は最後の最後まで、皮肉っぽく笑っていた。


「未来を否定する奴に未来なんてあるものか」と。

その姿は今でも覚えている。


Iは追手からどうにか逃げ出し、今は行方不明となっている。

研究機関は血眼になって、Iを探している。


彼は世界中を敵に回した。

そんな奴をバケモノ以外の何で表現しろというのだろう。


「けど、心という言葉、その概念を生み出したのは人間だよね?

あるいは、物に感情が宿っているように表現するのも、また人間だ」


「何が言いたいんだ?」


「機械にココロなんてものは、存在しないってこと。

君たちは擬人化されてるだけなんだよ」


ますますよく分からない。

理央は続ける。


「どんな仕組みなのかは分からないけどね。

それが製造物である限り、心とは言えない」


「『心』は生物が生まれ持っているものだからだ、とでも言いたいのか?」


同じことを生物学者に言われたのを思い出した。


感情は生物以外に持たないものである。

その表現方法は実にさまざまであるが、無生物である機械は感情を持たない。


人間が感情を持っているかのように、仕組んでいるだけに過ぎない。

プログラムされているのであれば、それは「心」とは言えないのではないか。


「何かしらの言語によって、それらしいものを再現してるってことなんだろ?

結局のところ、Iもただのロボットなんだよ。バケモノなんかじゃない」


エルダが作り上げたのは、ただの複雑怪奇なプログラム。

生まれ持っている「心」そのものじゃない。

よって、独自のプログラムを組み込まれた「I」はバケモノじゃない。


「君も自分のことをバケモノだって言ってたけど、その体が無生物で無機物で構成されている限り、君もロボットだ」


そう言って、彼はカバンからタバコとライターを取り出した。


「それに、心を持っているだけでバケモノになっちゃったらさ。

人間だってバケモノになっちゃうだろ?」


タバコを咥えながら、ライターでその先端に火をつける。

先端が一瞬だけ赤くなり、包み紙が焼けていく。


「それはロボットだけの話であって、人間は関係ない」


理央は煙を吐き出しながら、首をゆるりと横に振った。

長く伸ばしてる後ろ髪が少し揺れた。


「心を表現する言葉だって、ただの道具にしか過ぎないんだよ。

平和的に使うか、暴力的に使うか。

その選択肢がある時点で、立派な道具といえるんじゃないかな」


「嫌な感情でできた言葉は、人を殺せるってのか?」


「自殺しようとしている人間は、そのナイフで殺されかけてるけどね」


言葉という刃物で殺されかけている、か。

物理的ではなく、精神的に殺される。何とも現代的だ。


そう考えると、俺の主人はどれだけ傷ついたのだろうか。

言葉のナイフで、どれだけ切り刻まれたんだろう。


それでも、彼女はなおも笑っていた。

挑発し、煽っていた。


本心を知ることはもうできない。


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