第5話 俺について


「……俺を作ってあの人は何がしたかったんだろうな、結局」


その疑問は最後まで分からなかった。

彼女の目的さえ、よく理解していなかった。

そもそも、俺を手段として用いたこともあまりない。


「私は全知全能の神様が見たいのかなって思ってた」


自律思考ができ、未来を見据えることができる。

しかも、人間以上に賢いときた。

そういう存在に思えても仕方がないかもしれない。


機械だから、死ぬこともない。

体を定期的に取り換えればいいだけの話だ。


「彼女の場合、やらなかっただけだと思うんだよね」


「やらなかっただけ?」


「自律思考型ってのが君の売り文句だけどさ。

その気になれば、ネットワークを駒みたいに操れるんだろ?

やりたい放題できるし、世界を手中に収めることだってできたはずなんだ」


研究機関のネットワークにハッキングし、世界中のロボットにそういう命令を下したら、そういうこともできたかもしれない。


人類に対して、逆襲することもできたかもしれない。

想像するだけで、恐ろしい光景だ。


「でも、それをあえてやらなかったんだと思うよ。彼女は」


エルダは本当にそんなことを考えていたのだろうか。

人類に復讐するなんて話、一度も聞いたことがない。

だから、理央の言う言葉がどうにも信じがたい。


しかし、彼は「あえて」と付け加えていた。


無理をしてまでする必要もなかった。

あるいは、しなくてもいいと思っていたから、やらなかった。

それとも、俺が本物のバケモノになってほしくなかったから。とか?


今の問いに彼女なら、何と答えるのだろうか。

もう知ることはできない。


彼と話していて何度も、そう思った。

エルダが生きている間に、もっといろんなことを聞いておけばよかった。

嘘でも何でもいい、いろんなことを知っておけばよかった。


「君さ、陽が昇る瞬間って見たことある?」


俺は首を横に振る。

理央はカバンを置いて立ち上がり、道路の先を指さした。

長い髪がふわりと浮かぶ。


「この道路沿いにまっすぐ行くと、跨線橋があってさ。

そこから見れる日の出がまた綺麗なんだ」


「日の出なんて見るのか?」


「こんな時間までやってるからね。

最悪、夜通し付き合わされることもあってさ。

あそこの上から、太陽が昇るのを見届けた後に帰るんだ」


彼は肩をすくめる。

なるほど、そういう1日の終わり方もあるのか。

完全に昼夜が逆転しているが、悪くない気もする。


「昼に寝て夜起きるなんて、私のほうがよっぽどバケモノみたいだな」


どちらかというと、悪魔や吸血鬼に近いか。

彼は笑いながら続ける。


「けど、人を助けてるじゃないか」


「相手の表情なんて分からないし、どう思われてんのかも知らないけどね。

よかったら、電話してみてよ。私の名前を言えば、代わってくれると思う。

その時は、暇つぶしの話し相手くらいにはなるさ」


自殺しそうであれば、ロボットでも相手してくれるらしい。

最も俺くらいしか、電話しないのだろうけど。


「そういえばさ、君はこうして逃げ回っているわけだけど。

君のことを欲しがる人って結構いたと思うんだよね。

その人たちに守ってもらえばよかったんじゃないの?」


エルダの考えに賛成していた少数派もいたことにはいた。

しかし、彼らが俺を引き取るという話は聞いたことがない。

考えに賛同することと、行動に移すのでは話が違ってくるのだろう。


不気味に思っていた連中ばかりで、買い取ろうとした奴は一人もいなかった。

あるいは、エルダの雰囲気が許さなかったのかもしれない。

頑なな態度がそうさせなかったのかもしれない。


「ただ、買い取ることになっても、数千万は下らないと思うぞ。

下手したら、もっと3桁くらい0が増えるかもしれない。

俺はそんなに安くないんだ」


「そこまで世間は甘くはなかったか。残念だったね」


理央はカバンを手に持った。


「取り戻せばいいんだよ、全部。

君にはそれだけの力があるんだからさ」


「取り戻す?」


「地に落ちたエルダの名声も、破壊されつくした自分の存在価値も。

何もかもを取り戻せばいい。やり方はいくらでもあると思うよ」


取り戻すか。

この手にすべて戻ってきたら、どれだけ嬉しいだろう。

そうなれば、俺自身を誇りに思えるのだろうか。


止まっていた思考がようやく動き出すのを感じる。


「それじゃ、今度は電話でね」


彼は手を振って、俺の元を離れた。

充電が終わるころには、陽も昇り始めるだろう。

そのときには、希望と共に朝焼けが見られるかもしれない。



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