7.エピローグ

 り終えた羽衣草はごろもそう軟膏なんこうを陶器の小壺に移しかえると、テュエンは手ぎわよくそれらを盆に積みあげた。

 杉材の盆を抱えて作業場から店へ移動する。六月の夏至をひかえた屋内は、半地下の部屋ではあったが、もう寒の気配が戻ることもなく、乾いた穏やかな暖気が棚のあいだにも漂っていた。

 創傷薬を並べた商品棚で、テュエンは弟切草おとぎりそうの赤い精油瓶の隣に、ぽってりした青碧の小壺を重ねていった。雪崩なだれをおこさぬよう細心の注意を払って列をそろえていると、師匠と呼ばわる声がする。玄関で開店準備をしていたレムファクタが、はずむ足取りで戻ってきた。

「師匠ったら、何度呼んでも気づかないんですから! 早く早く!」

 背を押されながら表へ出る。笑顔で頭を下げたのは、ミルレットと父親の二人だった。

 タヴァラン家での騒動から、十日あまりが過ぎていた。父娘おやこの報告は嬉しいもので、ミルレットの妹コーニアはほとんど快復したという。今はまだ体力が戻りきらず、遠出はひかえているものの、いずれ店とクルトにも挨拶に来るといって二人はまた頭を下げた。

 差し出されたささやかな麻袋をテュエンは固辞したが、ミルレットが無理矢理に手の中に押しつけてきた。あの日、屋敷から無事に戻ってきたテュエンを大泣きで出迎えたのが恥ずかしいのか、少女は終始、父親の背に隠れ気味にしていた。けれど帰る段になると、父娘を見送る錬金術師とその弟子へ、見えなくなるまで何度も振り向いては手を振ってくれた。

 コーニアの劇的な快復については、タヴァラン家の女公レティアヌの好意も一役買っていた。

 あの狷介けんかいで頑固な隠居と同じ家の人間とは思えぬほど、婦人は大らかで情の深い女性であるらしい。事情を知り、彼女は温室でみずから育てていた白鷹草を、翌日どっさり譲ってくれたのだ。テュエンの期待どおり、その花は夏の花と同等の薬効を宿していた。

 氷霊憑きの症例とその特効薬を学んだことで、テュエンは今年から白鷹草の煎じ薬を店に常備しておくつもりになっている。錬金学匠ユーリスを通して講学館にも報告済みだが、学府の上級術師たちがどうとらえるかは、あちらの問題だ。

 タヴァラン家についてはもう一つ、後日談がある。

「こんにちは、術師様。すみませんけど子供の熱冷ましをもらえます?」

 近所の仕立屋の内儀が、入店するなり慌ただしげに声をかけてきた。

「もう夏至も近いってのに、子供が風邪引いちゃってさ。あの甘いお薬、前に品切れしそうって言ってたけど大丈夫かしら。まだあるかしら?」

「ええ、ありますよ。品不足は解消したので、いつでも置いてあります」

「あらそう、よかった。ほっとしたわあ。ほら、子供って急に熱を出すでしょ」

 レティアヌ婦人の白鷹草の使いをしたのはタヴァラン家の錬金術師、ボッツィ老師だった。そのときテュエンは彼に、糖衣薬のレシピを返礼として譲り渡した。咳止め薬自体は公開された一般の調合薬でもあるし、タヴァラン家も例の一件があっては、この先テュエンの店に出入りしにくいだろうと考えたからだ。

 レシピを渡してしまえば、テュエンも大量の糖衣薬作りに時間と手間をとられずにすむ。そんな気持ちで伝えたのだが、のちにタヴァラン家からかなり高額の礼金が返ってきて驚いた。

「いいから黙ってもらっとけよ。それ、口止め料も入ってるぞ」

 困って相談したクルトはあっさり言ってのけ、それで店はこのところ、経営に思わぬ余裕を迎えている。

「レムファクタ」

 魔除けの染め糸を棚で色分けしながら、テュエンは弟子に声をかけた。羽箒はねぼうきを持ったレムが反対側から元気よく顔を出す。

「はいっ、なんですか?」

「夏至の日は、店をお休みにしようか」

「えっ、でも……」嬉しさ半分、戸惑い半分の顔で弟子は口ごもる。「夏至は、毎年お客さんがたくさん来ますよね。お祭りがあるから、かき入れどきで……」

「うん。しかし今年はよく働いてるし、レムも頑張ってくれてるだろう? 夏至祭に一緒に行ったことは、まだなかったからね」

「ほんとに、ほんとにいいんですか? やった!」

 喜びのレムファクタが羽箒を放り上げ、笑いながらテュエンはやめなさいと叱る。

 谷間の街リシュヌーは、風邪の季節をようやく終えようとしていた。高原に花々の咲き乱れる夏の日の輝きは、すぐそこまで近づいてきている。

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