童貞談義とオレの初恋

夏山茂樹

童貞談義と悲しい結末の初恋

 高校の教室で、休み時間に友人に呼ばれて「またお前、女子に告白されんのか」と、目の前で羨ましがられることがある。

 だが休み時間は俺の貴重な睡眠時間だ。好きでもない女子が上目遣いでオレにささやく「好き」という言葉。そんなくだらない作り物に使っている余裕なんかオレにはない。


 それでも一応自分に好意を抱いてくれる人がいる。行かないとその人に申し訳ないという気持ちがして、嫌々ながら呼び出された場所へ向かう。すると周りの男子たちは「B組の秋山さんかあ、あの子はリアル乳テントができるほどおっぱいがでかいんだよなぁ」と言って猥談をし始める。


 秋山さんという女子のことをオレは知らない。それでも教室を出るたびに他の男子たちは「真夏、今度は断んなよ」と大声で叫んでくるのだ。


 教室のある三階から一階分階段を登って入り口のドアを開けば、秋山さんがオレを呼び出した屋上に出る。オレはたった二十数段の階段を登って、秋山さんの話を聞けばいいだけ。そう思っても、やはりたった数時間しか眠らなかった体は重く、一歩一歩足を進めるだけでも体力を奪われる気分に襲われる。


 リアル乳テントだとか知らないけど、オレは階段を登ってドアを開ける。すると青一面の空に白い雲がうっすらと浮かぶ外に開けた。どこまでも透き通った青に、ドアを開けた途端ふわっとなびいた風。屋上を見ると、そこには確かに胸の大きな秋山さんが立ってオレを待っている。


「ま、真夏くん……」


 遠くからでも分かるほど赤く染まった顔には、出来物ひとつない。目も大きくて可愛らしい。まあ、少し乳の形が気持ち悪いな、という印象を持つが。


「入学式であなたを初めて見た時から、ずっと好きでした。私を彼女にしてください……」


 消え入りそうな声で秋山さんはオレを上目で見上げる。手を胸に当てて、純真な乙女のように振る舞うその瞳は、今までオレに告白してきた女たちの上目遣いによく似ている。いや、コピーしたかのようによく似ている。

 オレに「好き」と好意を寄せてくる女子は大体、オレとほとんど話したことがないか、全く話しかけようとさえしてこなかった。明らかに外見で判断されているような気がして、せっかくの告白もときめくことができない。


「秋山さん、だっけ。ごめん。オレあなたと話したことないし、胸が大きくても付き合う基準にはならねえんだわ」


 すると彼女はうつむいて、ひんひん言って泣き出す。両眼から流れる涙を手で拭う仕草は確かに可愛い。だが、付き合う気にはならない。どうしてだろう。天気は予報通り綺麗な空が見えるほどいいのに、雰囲気が気まずい。


「ねえ、真夏くん……。付き合ってる人がいるの? 二番でもいいから、私を彼女にしてよ……!」


 うわっ。ヘドが出るほど気持ち悪い言葉。自分を安売りして、気持ちを満たそうとする女なんか論外だ。


「まずそんな言葉を言う地点でキモいし論外だわ」


 そう吐き捨ててオレはそそくさと屋上から走り去った。なぜなのか、この時は屋上へ向かう時に比べて足が軽く、どこか心地いい気分になっていた。だが教室に戻ると男子たちはオレに呆れた顔をして言ってくる。


「お前さあ……。B組で一番の美人からの告白を簡単に断るなんて、よくもったいないことをするよなあ。たまには呼び出しをさせられるオレらの身にもなれよ」

「あいつ、オレが告白を断ったらなんて言ったと思う? 『二番目でもいいから付き合いたい』だぞ? そんな簡単に自分を安売りできる女なんか好きになれるかっつーの」


 すると親友の青崎が寝ようと突っ伏していたオレの机をドンと叩いて叫びだす。


「それでも美人で、リアルだぞ! リアル乳テントを持つ美人から好意を持たれる! それがオレら男子にとってどれだけの栄誉であるか! 真夏、お前は全くわかってない!」


 もしかしてホモか? そうなのか? 眠ろうと瞳を閉じるオレに、青崎は全く見向きもせずただひたすら子供らしい異性論を唱え続ける。


「オレら男子は可愛い子が好きだ! 可愛くてエッチな女子はもっと好きだ! それに女子からはいい匂いがするんだぞ! 桃や花のようなフローラルな匂いを漂わせて、柔らかいおっぱいが二つも付いてるんだぞ! 触ればあったかそうで、柔らかそうで……。なのに真夏、お前は女子というものに全く興味を持たなさすぎる! おまけに好きだと言ってくれる娘さえ拒絶しやがって……。オーウ、サノバビッチ!」

「お前の童貞臭さがサノバビッチだわ」


 適当に返して突っ伏してオレはまた瞳を閉じる。そして誰にも話さない夢へ入りこむのだ。絶対誰にも話さないと決めた、可愛らしくて懐かしい夢を。

 夢の中で目を覚ますと、まずオレは満月の昇った夢であることを確認する。黄色い月が放つ月光を頼りに、自分の体が小さくなっているのを知り、月が放つ光の下であの娘が来ないかをじっと待ち続ける。

 数分も経てば彼女はやってくる。小さな体をしたオレを見つけて、その虚ろな猫目が黄金に輝く月光を反射して、闇夜の空に無数に浮かぶ星々を浮かびだす。その星を映した瞳でオレに笑いかけて言う。


「こんばんは」


 するとオレは彼女の視線から思わず目を背けて、声を上ずらせて挨拶し返すのだ。


「こ、こんばんは……」


 砂の上でじっと湖を眺めるオレに、彼女が地面を跳ねながら近づいてくる。今だと少し変な歩き方だと思うが、夢の中のオレにはこの歩き方がとても魅力的に見えた。子供だったオレは、自分よりも大きな体で子供のようにはしゃぐ彼女のことが大好きだった。


 彼女がオレの隣に、静かにトンとその細い体で座り込む。折れやすい葦のように細い彼女の脚がワンピースから伸びて、細い指もオレの小さな手に触れてくる。

 身長が一四五センチだった自分より頭ひとつ分大きな彼女の顔を見ようと、オレはその横顔をバレないように覗き込む。雪のように白い肌と丸く弧を描く額、吊り上がった大きな猫目、少し膨らんだ唇……。ああ、この顔だ。この顔がオレの好きな顔なんだ。十六歳の精神が入り込んだ小さな体で、オレは月光を浴びて天使のように美しいその顔に触れようとする。


 すると途端、彼女から話しかけてきた。


「ねえ真夏」

「なっ、なんだよ……?」


 オレは一瞬その身を固くして、そこから何も言えなくなってしまう。闇夜の星々を映し出すその瞳がオレは好きだ。だから思わず、その目から送られる視線に夢中になってしまう。

 穴が開きそうなほど見つめられて、体の内側から体温が熱くなってくる。アドレナリンも大量に放出されて、心臓は音を大きく立てている。


「私、あんたが好きだよ」


 低い彼女の声がオレの心臓に揺らぎを与える。アドレナリンの出る量が減って、心の底から癒される感覚を覚える。


 さりげなくてそっけない。けれども自然と口から出る告白の言葉。そうそう。この告白のされ方が好きなんだ。ある程度話して、月が水面に浮かぶ湖で遊んである程度親しくなってからの告白。

 名前さえ知らない誰かからの告白よりも、誰かわかる相手からの告白の方が何倍も心にしっくりとくるし、好感さえ覚える。


「オレも……、琳音のことが好きだよ。今まで会ってきた女の子よりも、女よりも可愛くて最高」

「真夏も私のこと、好きでいてくれるんだ。ありがとう」


 だが琳音の顔はどこか曇っていて、何か秘密を隠しているかのようだ。決まって夜にしか現れないのもおかしい。


「ねえ、私が男でも……。好きでいてくれる?」

「そんなの関係ねえよ。オレもお前のことが好きなんだ。どんなことがあっても受け入れるよ」

「真夏……! 今まで騙しててごめん。おれ、男なんだ……」


 そう謝った琳音はオレの手を握ってうつむいた。暗くてあまり分からないが、琳音は涙をボロボロ流して、声を押し殺して泣いている。

 どうして琳音は女の子の格好をして、女の子のように振る舞っていたんだろう。オレはふと不思議に思ったが、それ以上は聞いたら琳音が傷つくと思い、なにも聞かずに受け入れることにした。

 ただ、少女の姿で自身の性別を欺いて好きな相手と毎晩会わないといけない。そう考えるとなんだかオレも悲しくなって、思わず涙を流してしまう。


 その時まで軽蔑していた同性愛にオレが踏み込んだ瞬間だった。肩を震わせて涙を流し続ける琳音を抱きしめて、自分も涙を流しながら「大丈夫だよ、怖くないよ」と何度も慰め続ける。


 水面に浮かぶ月がゆらゆら揺れて、オレたちふたりの心情を表しているような気がして切なかった。


「……真夏! また夢を見ているのか?」


 オレがウトウトしていい気分に浸っていたのに、青崎の大きな声が邪魔してくる。


「なんだよ雅彦! お前のせいでいい夢を見ていたのに……、最悪の目覚めだわ。全く空気の読めない童貞はよお……」

「そうは言ってもよお、結局お前も童貞じゃん。なに経験済みぶってんだよ」

「お前は女子と付き合ったことさえないだろ? オレはちゃんと女の子と手は繋いでんの。付き合ってんの。抱き合ってんの。分かる?」


 すると青崎が体格のいいその体で、オレの机を揺らして聞いてくる。どこか怪訝な顔をして、コイツはオレに疑いの目線を仕掛けてくる。


「あのなあ……。はあ、とうとう告白しないといけなくなったのか……。教えたくなかったのによお……」

「おお、モテる童貞はなにを語るのか? 男子ども集まってよく聴け! モテ童貞こと加藤真夏様が自身の経験を語ってくれるそうだぞ!」


 手を大きく叩いて青崎が騒ぎ出したものだから、周りの男子たちも興味を惹かれたのか、オレの机を囲むように群がってくる。ザワザワと聞こえる声の中、オレはこほんと咳をして実体験を語りだす。


「あれはオレがまだ十一歳の時だった。家族と仲が悪くてな、親父と喧嘩するたびに近くの湖水浴場で朝まで過ごしていたんだ。名前の通り、その夜も暑くて湿度も高いなかオレは湖水浴場に足を進めた。でも着いたら先客がいたんだよなあ」

「それが真夏の初恋カノか?」

「ああ。白いワンピースに青いカーディガンを羽織ってて、オレより体の大きなねえちゃんだったぜ」

「ほおん……。年上かあ、胸はあったか?」

「いいや、絶壁。でも近くで見ると、綺麗な顔をしてるんだよなあ……。もう彼氏と別れたばかりって雰囲気漂わせてさあ……」

「小さかったお前は空気を読まずに隣に触ったわけか」


 さっきまで空気の読めなかった青崎が、自分の過去を語るオレを煽る。だがオレはこみ上げてくる怒りを我慢して、静かに答えた。


「……いや、違う」

「じゃあ、なんだったんだよ?」

「なんと、一緒に暮らす先生と喧嘩して出てきたんだと。でも、どうして先生と一緒に暮らしてるかまでは聞けなかった」

「まあ、そりゃそうだよなあ。仕方ない。で?」

「『で?』って……。話はほとんどしなかった。でもそれから毎日、その人は来るようになってなあ……。自然と会話も増えていったんだ」

「どんなことを話したんだ?」

「まあ、どんな家に住んでるかとか、水面に浮かぶ月が綺麗だな、とか。そんな感じ」

「本当にしょーもねえ話ばっかしてたんだな。でもそれ聞いたらなんか童貞でもチャンス掴めそうな気がしてきたわ。で、誰から付き合おうって言い出したの?」

「向こうから。そっけなく『あんたが好きだよ』って」

「向こうからなのか。小学生の癖に年上の彼女かあ、やるなあ!」

「で、ここからが大事な話なんだけど……」


 俺は琳音が男だったことを話そうとした。だが、話すとその翌日から男子の群れから突き離されそうな気がして怖くなる。それに怖気付いて、思わず一度瞬きをする。そして周りを見回す。男子たちはやはりオレの話に夢中なようで続きが気になって仕方がないようだった。


「なんだよ、結局話さねえのか? しょーもねえ奴。萎えるわあ」

「……オレたちは、オレと彼女は、毎晩湖水浴場で落ち合って子どもらしく遊んで夜を過ごした。砂浜でかけっこしたり、服を着たまま湖で遊んだり。白いワンピースが透けて、彼女の胸がスケスケでさあ、それで精通したんだよ」

「絶壁で射精かあ……。お前も青かったんだな」

「そう言うなよ。まあ、でも彼女の家にはいかなかったし、オレも彼女を紹介しなかったよ。さすがに年上の彼女は紹介しにくいから」

「そうか……」

「で、いつも湖水浴場で遊んで、明け方に別れる生活を送ってたよ。夏休みの間ずっと」

「夏休みだけだったのか? 付き合ったのは」

「ああ。最後はチンピラにオレと彼女、二人とも縄で縛られて、目の前で彼女が犯されて終わった」


 すると突然、周りが騒然としだす。ある者は突然訪れた別れにショックを受け、ある者はその様子を妄想して興奮しているようだった。


「……それで、彼女はどうなったんだ?」

「オレは両親にしこたま怒られて、彼女と暮らしてた先生は誘拐で捕まったよ。どうやら親の許可を得ていなかったらしい。彼女は病院に入院したよ」


 ここで二回目の嘘をついた。本当は、琳音がどこへ行ったのかさえオレは知らない。彼氏なのに、恋人の行方さえつかめないオレは恥ずかしい存在だ。

 それに、親しい仲間たちを裏切ってしまった。申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになっていると、青崎が提案してきた。


「お前、スマホ持ってるよな?」

「当たり前じゃねえか。それがなんだよ?」

「もしかしたら、SNSで彼女と会えるかも……」

「当時のデータはサツに没収されてるし、無駄だって……」

「でもよお、病んだ元カノがやってるかもよ? 病み垢とかっていって」

「そうか……。そうなのか……」


 オレは青崎にこの時になって、初めて勇気をもらったのだった。それから男子たちは解散し、オレはこっそりと検索ツールで琳音の本名を検索する。


『桜野琳音 現在』

 すると、出るわ出るわ。琳音の現在を詳細に書いた記事からネットのツイート、掲示板の書き込みまで、オレはありとあらゆる可能性を考えて琳音の今を知ろうとした。


 その中で、東北地方のお嬢様学校に通う生徒が趣味でネットの動画投稿サイトにあげている映像作品が検索結果の一つに出てきた。


「どうせ事件を元にした自主制作の映画かなにかだろう」


 そう思って何気なく開いた映像作品には、英語で"Never Coming My Boys"、訳すなら『決して来ない私の男の子たち』か。作者は英語もできるようだから、"Boys"の意味にあの先生が含まれているのだろう。


 するとそこには、痩せ細った琳音が黒いパーカーを着て、白い眼帯を左眼に付けてインタビューに答えていた。作者の付けていたであろう英語字幕が邪魔だったが、確かにその動画で琳音が夢で見る面影のままインタビューに答えていた。


 甲高い声のインタビュアーが質問をする。


『初めて恋をしたのは?』

「……十一歳の夏。大津の湖水浴場で」

『へえ。ずいぶんと早熟な初恋だったんだね。相手はどんな人だったか、印象を教えて』

「最初は三条先生と喧嘩して、飛び出して興奮していたから。あの時俺は興奮しながら色々考えてたんだ。これから自分がどうなるのかとか、三条先生の健康状態とか。あの人、俺に自分の血を飲ませるために、インデル症候群なんかにかかっちゃってさ。『このままじゃ先生が壊れちゃう』とか思って不安になってたな。そんな不安の中で月を眺めてたら、隣で話しかけてくる奴がいて。最初はイライラしてたけど、そいつの見せる笑顔が優しそうで、『明日もまた行こう』って気持ちになったのは忘れない」


『インデル症候群といえば、日光を浴びれない、吸血願望、血の中の酵素が足りないとか、色々症状があるもんね。だから夜しか行かなかったの?』

「うん。そりゃそうじゃん。先生は指名手配されてます。俺の病気が移ってるし、看病もあったから先生が仕事に行く間、夜にこっそり会ったよ。そいつとは遊ぶことしかできなかったけど、そいつが赤い顔をして言うんだ。『お姉ちゃんの胸で夢精した』って。当時は俺のこと、女の子と間違ってたみたいでさあ。もう笑うしかねえ」


 そう言いながらも琳音の顔は笑っていない。それどころか、涙を目に浮かべて、涙声にならないように必死に答えている。


『でも勘違いされた後、ちゃんと誤解は解いたんだよね』

「あー、うん。アイツは俺が同い年の男だって答えたら、なんでか知らないけど泣きながら俺を抱きしめて慰めの言葉をかけてくれたんだ。『大丈夫、怖くないよ』って。どんな顔をしてたかも、アイツの手の感触と体温も今でも覚えてる」


『会いたい?』


 動画の再生時間が終わりに近づいた頃、インタビュアーはたった一言、鋭い声でそう質問した。まるでトゲのある薔薇で琳音を攻撃するように。


「……うん。あんな終わり方だったけど……、今もアイツのことだけ、恋人だって……、思ってるから……」


 とうとう琳音の感情が決壊して、涙を流し始めた。両手で流れる涙を拭う姿は、さっき自分が振った女子のそれとは違って可愛らしい。


 幼かったあの日なら『綺麗だ』と思ったかもしれないが、十一歳の姿からほとんど変わらない琳音は、当時のオレから見て中学生のように見えたのだから十六歳になったいま見ると、幼い中学生に過酷なインタビューをして泣かせているようにしか見えなかった。


『……ごめんね。こんなことしちゃって。でも、これで思いは吐けた?』


 甲高い声のインタビュアーが謝罪しても、オレの怒りは収まらない。誰だ、こんなインタビューを設定した奴は。オレの琳音を泣かしやがって。だが、これは琳音の希望で行われたインタビューのようだ。


 しかしいったいなぜ、辛いことを思い出しながら琳音はインタビューに臨んだのだろう?


「……真夏くん、あなたの笑顔に救われて、ずっと今日まで生きることができました。……目の前で同じ年齢の子が殴られるのを見て怖かったよね。ごめんなさい。だから、感謝の気持ちを伝えたくて、友達に頼んで動画にしてもらいました。見て気分を悪くしたら、どうか心の中で僕をいっぱい殴ってください。きっとそれで満足できる部分があると思います」


 正直、実名を出された上に自分のされたことを公開されて苛立たないことはなかった。だが、オレの中でも琳音はずっと恋人のままなのだ。だから、苛立ちは割とすぐに収まって逆に琳音ともう一度会って、抱きしめ合って突然の別れがあったこと、それから警察や色々な団体の事情があって会えなくなったことを謝罪したい。


 琳音とはどうすれば連絡が取れるだろう。そう思ってオレは動画を投稿したユーザーの掲載したメールアドレスに思いの丈を綴って送信ボタンを押した。


『Lexie様 こんにちは。今回初めてメールを送らせていただきます、加藤真夏と言います。あなたが投稿した動画に出ていた琳音くんとは恋人でした。今でもそうだと思っています。今の写真を添付しますので、どうかご本人に確認願えないでしょうか。よろしくお願いします。 加藤真夏』


 シンプルな文面が出来上がったが、最初はこんなものだろう。メールを送信して、オレはそれからメールの返信が来るのを待ち続けた。二日、三日と数え続けて十日目、朝起きるとメールボックスにLexieからメールが来ていた。

 その文面は日本語で書かれており、最後に琳音の連絡先であるLineのIDと電話番号が掲載されていた。


『加藤真夏様 初めまして、アレックス・アンダーソンと申します。このメールは私の日本語があまり上手くないため、インタビュアーをした人に代筆してもらいました。その点、誤訳による齟齬が生じる可能性があることをお許しください。さて、琳音本人に確認を取ったところ、『この人だ』と言うので、本人のLineと電話番号を許可を得て掲載します。どうぞご確認ください。 アレックス・アンダーソン』


 答えに嬉しくなって、オレは早速LineのIDで検索して本人にたどり着いた。そして、『加藤真夏です。もしよかったら返事をください』とだけ送った。

 それからすぐ、琳音から返事が来た。


『真夏くん、お久しぶりです。今は苗字が変わって円琳音(まどかりんねと読みます)になりました。よろしくお願いします』

『そんなにかしこまらないで。タメでいこうぜ』

『……じゃあ、真夏、久しぶり』

『久しぶり。そしておかえり』

『ただいま。真夏に会えなかった四年間、ずっと寂しくて辛かった。でも、またこうしてネットでだけど再会できてよかった。動画を見てくれたんだ。ありがとう』

『あの動画のインタビュアー、最低だな。お前のトラウマを思い出させることをさせて、最後に泣かせるなんてな』

『真中は俺の頼みを聞いてくれただけだから。アイツ、ああ見えて優しいんだぜ』

『今は真中とかいう奴の彼氏か? 寂しいなあ』

『いや、ただの友達。向こうが勝手に俺を好きでいるだけ』

『そうなのか?』

『うん』


 このようにメッセージでの会話が盛り上がって、オレはこんなことを思った。電話で謝るのもいいが、きっと本当は、実際に会った方が琳音に気づいてもらえるかもしれない。

 そう考え、東北地方に行くことを決めたオレは今、空港のロビーで仙台行きの便を待っている。琳音には『会いに行く』とだけ告げ、本人の『!?』という返信は無視している。実際にあった時、琳音がどんな顔をするか気になるからだ。


 貯金を下ろし、「琳音に会いに行く」と父親に告げた時、喧嘩になったが一応許可はもらえた。そんな父だが、今朝家を出るときに玄関前でオレにこう吐いた一言が忘れられないでいる。


「初恋の相手なら、大事にしてやれよ」

「ああ」


 それから玄関を閉めて家を出たのだが、今も動画の中で泣く琳音が忘れられない。パーカーの袖からうっすらと見えた包帯の痛々しい血の跡がしっかり見えたからだ。

 アイツは自分を傷つけてまで言ったのだ。自身をネットに晒して、インタビュアーの苛立たせる声で構成された質問に答え、最後ははっきり自分の口で「真夏くんに救われた」と。オレは少女漫画のイケメンではない。だが心に想う人がいる。その人に会う旅にオレはこれから向かう。


 これから将来、一人になる日が来るかもしれない。それでも思い出にすがってでも救われたと思える人がいれば、いつか救われる。そう思ってやまないのだ。生きることの難しさを幼いなりに知った日の話だった。


 

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