第一〇九〇回 チクタク……チクタク……と。


 ――新しいお部屋に響く音。僕よりも遥かに年上で、お母さんの幼少期まで遡る。



 大きかったけど、もう僕の身長の方が高かった。思えば、もう五年も前から……


 その古時計の持ち主が、紐解かれたのは、つい最近。


 誕生日プレゼントだったそうなの。その古時計の頂きに飾られている写真の人物。


 お坊ちゃん狩りの少年。カッターシャツに身を包み、つまり夏バージョンの制服。


 今でも特徴を述べるには、僕の語彙力では難しい程の普通の子。写真はデジタルとは程遠く、一昔前の銀塩の写真。でも、僕は、その少年のことを知っている。


 少年の姿をしているけど、僕よりも、お母さんよりも年上。


 お母さんのお兄さんで、僕の伯父さん。お名前は旧一もとかずさん。


 だから、その古時計は、形見……


 だから、このお部屋を選んだ。きっと喜んでくれると思ったから。僕は、この子たちを育むから。新しい命を僕は育む……旧一おじちゃんは、きっと喜んでくれるね……


 そう思うと、涙が出そうになったけど、グッと堪える。


 二組のベビーベッドで寝ている、この子たちの顔を見ていたら、僕は強くなれる。古時計が奏でる、チクタク……チクタク……と刻む針の音は、まるで応援のリズム……


 いつの日か、僕のことを、この子たちは、


「ママ」と呼ぶ日が訪れる。だから、僕は高等部の過程を全うし、ちゃんと卒業する。それから、それから学校の先生になるために、ちゃんと進学してなってみせる。そこに妥協なんかないよ。僕は、この子たちの母親になったのだから。母乳だって出るの……


 そして日差しの色が変わってゆく。


 茜色へ染まってゆく。夕方の色に、このお部屋は染まる。


 丁度その頃だ。スッと現れた太郎たろう君。学園から、僕のお家に駆けつけてきた。


千佳ちか、その、何だ……」と、僕を見てすぐに、太郎君はササッと背を向けた。


「ちょ、別にいいよ、母乳あげてるだけだから」と、いうことだった。もう盛夏だ。



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