第一〇四六回 仄かに白い場所は、土曜日の診察室か?

 ――そう。今日は土曜日。静かなる午前。冷たい風が流れ、そっと包んでくれた。



 僕の震える身体。カーディガンは羽織っていても、その上から……


 ジャケットのようなもの。太郎たろう君が着ていたもの。青色のイメージが濃厚な冷たい風を和らげてくれる白と黒のチェック。彼の匂いに包まれる。緩やかに火照る顔、何だか表情まで穏やかになったような感じもした。言葉はなくとも、とても優しかった。


 見える後ろ姿……


 僕の少し前の順番な人、椎名しいな春美はるみさん。聞いたことのある名前。そして陸君りっくんと同じ姓を持つ。更には春日はるかさんのお母さん……脳内で絡み合う糸。整理整理整理……まるで知恵の輪のよう。或いはジグソーパズルみたいな。ハッとなる今この時、記憶は遡ったの。



 ――芸術棟に整然と飾られているジグソーパズル。


 それはそらちゃんが、北陸本線のスタンプラリーで勝ち取ったもの。撮り鉄のために企画されたイベントだったそうなの。その中に秘められた手掛かりの数々を、まるで編み物のように紡いでゆく。それは空ちゃんと行動を共にしていた陸君の足取り。動橋いぶりばしからスタートした道程。子は知らず知らずに母を訪ねていた。まるで磁石が引き合うようにと。


 北陸本線に隠されたもの。


 かつて春美さんが歩んだ道程……大切な人と歩んだデートコースを紐解くように、陸君が形見離さず持ち歩いているバイオリン。そのネックに飾られているリボンに共通。


 脳内で行われる追跡の最中、呼ばれる僕の名前。


 ――星野ほしの千佳ちかさん。


 と、マイク越しに。迎えた診察の番。そして擦れ違う。椎名春美さんと僕。一瞬だけどお顔も拝見した。……春日さんに似た、ボブの綺麗な人。ピンクのパジャマ……この病院に入院している? 僕もまた、ここを訪れることになる。今はもう六か月。出産に向けて幾度も機会はあるの。今度もまた、太郎君と一緒。なら、一緒に謎解きを始めるの。



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