第一〇一七回 八月も、後半戦へ。


 ――高校野球で喩えるなら、準決勝や決勝戦のそんな域。それは、ここでも。



 そう。芸術棟の二階にあるアトリエでも。


 温度調整も最適なのだけど、それを上回る熱気。静寂な場所だけれど、それを裏切るような筆の動き。手に汗握る筆……葉月はづきちゃんも僕も、全裸で汗まみれだ。


 絵の方も佳境に入っている。キャンバスに描かれる全裸の僕。ルネサンス期を彷彿とさせるような仕上がり。艶やかな女性に描かれ……暫く、暫く立ち尽くす。


「僕って、こんな表情かおも見せるんだ……」

 と、漏れる言葉。自然と湧き上がった言葉……


「もうすっかりママの表情だね、千佳ちか先輩。……何かあったんですか? お盆の休みの時に。描き直ししましたけど、とてもいい感じ。僕が求めていた表情です」


 そこにいるのは、もう少女ではない大人の女性。僕自身が驚くようなエロティシズムなフォルムをも、それさえも美しく……言葉を失う程の、洗練された作品と……


 それはきっと、


 葉月ちゃんだから描けたもの。世界に一つだけの絵画だ。


「……良かったね」と、言葉が漏れる。


 僕と共にある、お腹の中の子たちへ。そして、旧一もとかずおじちゃんと共にあるの。


「もう会話できるのですね。とても大切な人が、そこにある」と、葉月ちゃんは言う。まるで僕の脳内が、スケルトンされているように。気持ち悪いという表現は、そこにはないの。わかり合える素晴らしさ、それのみが存在する世界観。


 言葉で表現するには、語彙力や、キャパも遥かに超えた内容だけど、それでも伝えたい思いが強いから、しっかりとエッセイに書くの。僕と旧一おじちゃんのお話を。


「うんうん、とっても素敵だよ、千佳先輩。

 僕にとっても最高といえる作品と、最高の思い出が描けたよ」


 ギュッと抱き合う僕ら。絵の具の汚れさえも分かち合う程に、深い絆を得た。



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