第一四五章 それから、育む未来へ。

第九九一回 感じる縁。始まりし刻。


 ――それは、この子が僕に出会ったから?



 そして自己紹介したにも拘らずに、この子は僕のことを『ウメチカさん』と呼ぶ。


 とある小説サイトの『書くと読む』での、僕のペンネーム。それから、この梅田の地下ウメチカで今行われている『ウメチカ戦』についても。初対面なのに知り過ぎているの……


 僕のことを、初対面なのに……


 一体何者? と思うには、あまりにもあどけなく思われる容姿。爽やかな雰囲気。


 だから、勇気を漲らして、


「君、何処から来たの?」

 と、問うてみる。


 確かに、かいの妹と名乗ってはいても、この辺では見かけないお顔だったから……


「遠く北陸から」と、自ら「遠く」とか言っている。それに何かが違う。海とは明るさというのか、翳りがないという感じの……でもそれじゃ、何も怪しい箇所がなく普通に明るい子になるけど、それとは別物のようにも思える、違和感みたいなのが消せず……


 兎も角その様な印象を、この子から得た。


 僕の、その様な思いを他所に、この子は喋り続ける。無限に広がるお話のように。



「夏休みの間から徐々に慣らしていこうと思って。これからはお姉ちゃんと一緒に、パパとママも一緒のお家でクラスの。今までお婆ちゃんとこにお世話になってたんだ。フリースクールに通って手に入れた二つのこと。鬼嶋きしま流空手と鉄道写真……撮り鉄って言うのかな? 私にとっての二大柱だよ。そうそう、お姉ちゃんから聞いたよ。ウメチカさん、鉄道模型が趣味だって。ねえねえ、今日お邪魔していいかな? お話したいこと一杯なんだけど、一片には出て来なくって」……それからはエトセトラ。


 思いの外よく喋る子だ。それにしても、初対面なのに警戒心がないというのか。でもフリースクールとは、その爽やかな笑顔の裏には、余程の何かがあったと……


 そう思いつつも、触れない方がいいと思えた。


 僕が、そうだったように、この子にも……そらちゃんにも抱えているものがあると。



「空ちゃん、帰り行こうか、僕のお家。見せてあげる、鉄道模型」


 すると、全身で表現。

 キャッキャッと跳ねて喜ぶ空ちゃん。


「ありがと、ウメチカさん。それから『書くと読む』のウメチカだけど、ええっと、作品の方。第一回のウメチカ戦のお話から、私は、あなたのファンになりました。それからそれから続けていくよね? 私に大いなるキッカケを与えてくれたんだからね」


 僕のエッセイって、この子にも反映していたの?

 それは、とても大きな、キッカケなのだろうか?


 そこに現れた梨花りか、海も一緒に。


 ここは自動販売機の前。囲むテーブル。そして、ちょっとした空間だった。


「空、ここにいたの。急にいなくなるものだから」


「あ、ごめん、お姉ちゃん。ところで帰り、ウメチカさんのお家に行くことになったんだけど、いいかな? あ、そうそう、お姉ちゃんも行く? ……って、あれれ? ウメチカさんが二人いる? でもでもでも、さっきまでお話してたのは、正真正銘のウメチカさんだし、例えば例えばね、ほらほら、陸君りっくんの変装だったりして……」と言いつつ、ギュッと抓る、梨花の頬っぺた。僕はその時、慄くのだ。梨花が少し震えたような感じがして。



 ――ゴチン!


 落ちたのだ、梨花ならではの雷。所謂いわゆる拳骨って奴を。


「痛―い!」と、両手で頭を押さえる空ちゃん。それでもってクスッと漏れる、海の笑い声。それに続いて仁王立ちの梨花は「ちょっと君、いきなり何? 人の顔を抓って。挨拶は? 学校で習わなかった?」と、炎のオーラ―を纏った感じの、鬼の形相。


 空ちゃんは、さっきまでとは一変、ガチガチと震えあがって、


「ごめんなさい、ごめんなさい、私は空……卜部うらべ空と言います。あなたは、ウメチカさんとよく似てらっしゃるのですか? 念のためお伺いしますけど、私の知り合いの変装ではありませんよね? ああ、誤解しないで下さい? 真面目に訊いてますので」


 と、少し涙目で言う空ちゃんに、梨花の表情は、少しばかり笑みが浮かんでいた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る