第九五八回 喩えるなら、洞窟の中を二人ボッチで。


 ――静かすぎる闇の中へ、いつしか迷い込んだという、摩訶不思議。


 お馴染みの学園内の筈なのに……


 何処をどう間違ったらこうなるの? 有り得ないのだけれど、学園内で二人して迷子になっちゃったの。学園に入学して日の浅い佐助さすけ君なら、まだあり得そうだけれど、僕は中等部からここにいるから、もう五年目……少し不安の陰が過る、きっと顔にも現れ……


「おいおい、しっかりしろよ」と、佐助君。


「ご、ごめん、何とかするから」と、僕は少し泣き声に……不安は煽られて。でも、先輩の威厳。僕は立ち上がる、涙も堪えて。意外と佐助君も、不安を感じているようだから。


 それが証拠に……


「ヒィ! な、何だお前?」と、悲鳴を上げる佐助君。


「あらあら、どうしたの? もしかして怖い? 生意気にも『しっかりしろよ』とか言ってたくせに。……この人は芭蕉ばしょうさんだよ。僕らの道先案内人。もう心配いらないよ」


 僕はもう、大船に乗った気分。この未知なる景色は、芭蕉さんが拵えたものだ。そういえば『書くと読む』のコンテストに、短歌だけではなく、俳句の部門もあったなあ……


「そのお手伝いだよ。千佳ちか君には是非、挑戦してもらいたいから」


 と芭蕉さんは言う。……って、僕が? 短歌は確か、梨花りかが挑戦していたけれど。


「だからだよ。梨花君が挑戦しているってのに、千佳君は挑戦しないの? 私がこうやって現れたのは、千佳君に俳句をやって欲しいから。私と歩んできた道程を是非とも」


 と、強く勧める。佐助君は見るからに硬直して、ぐうの音も出ない程……と、思っていたのだけれど「挑戦しなよ、千佳。何かよくわからないけど、梨花も挑戦したって言ってるし、面白そうじゃん」と、目を輝かせているの。ねえ、これって、どういうこと?


「佐助君、幽霊とか苦手だったんじゃなかったの?」と、つい声に出てしまって……


「ああ、大の苦手だ。悪いか? でも、この芭蕉とかいうおじちゃんは、何と言うか、全然平気。国語の教科書に載ってたのを思い出したし。俺も付き合うぜ、千佳が俳句するってならな」と、笑みまで浮かべる始末……というか、初めて見たの、佐助君の笑顔を。



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