第九五二回 夕映え麗しき頃……


 戯れる二人の影。


 梅雨を忘れる程、紅に染まる夕焼けは、赤とんぼの歌を連想させていた。



 ゴールポストの片隅に、忘れ去られたサッカーボールを用いて戯れる。やっぱり男の子の運動神経には敵わないけれど……でも、僕も楽しめるようにと、気遣ってくれていた。


 ボールの蹴り合いというシンプルなもの。


 思えば女子の体育の種目にサッカーはあったのだろうか? 記憶を張り巡らせるも、その糸口さえも見当たらなかった。けれども、あったそうなの。風の中で囁く声……


 おまけに聞き覚えのある声だ。


「女子にもあったよ、サッカーの授業」という具合に。


 その隙に、取られたボール。誰が取ったのか? 走る影は、もう一つ増えていた。

 戯れる二人の影は、僕と太郎たろう君。増えた影は、梨花りか


「ほら、取ってごらん」と独走を続ける梨花……でも、前に立ちはだかる者あり。まるでまるで、某サッカーアニメの風格。キーパーという役割を担ってゴールの前に立つ。


「さあ、打ち込みだよ」……と、放つシュート。それは、どの様なシュート? 梅雨の終わりを告げる稲妻のようなシュート。だとすれば、いつか決めるぜ……という、そのアニメのOPにあった歌詞に、見事に応えることができたのだ。寸前の所、或いは紙一重と言える程の指先の差……ボールは、綺麗な放物線を描いてゴールのネットに当たったのだ。


 キーパーと名乗る者は、葛城かつらぎしょうさん。着ているものはユニホーム。


 十七という数字を輝かせながら、地面を滑っていた。敗れ方にも美学を求めていたの。


 勝者は梨花。……って、何? 何? 何? これって試合だったの? 元々は、僕と太郎君がボール遊びしていただけなのに? すると、梨花は言う、夕映えを背にして……


いつか・・・じゃいつまで経っても決まらないから、僕がこの足で決めてやったの、『いつか決めるぜ、稲妻シュート』を。さあ、ここから夏の扉だよ、千佳ちか。受験勉強も大変だけどね、この夏はイベント満載だから、目一杯楽しもうね」と、声を大にして言ったの。



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