第九三〇回 クロイツェルと広がる出番。


 ――全身で奏でている二人とも。せつ公生きみお君も初めは優雅だったの。



 今は刺さる。表情からして違う。お互いがお互いに、ぶつかり合っているという表現が合っているの。ぶつかり合いながらも研ぎ澄まされる音色。緊張感の中にも何だか……


 日常にも似た、穏やかな部分も感じる。


 二人は笑みを見せる。そこからは楽しむ、音を愉しむ……舞台から見える生徒たちの表情から、そのリラックス感がわかる。曲の中にもアピールの仕掛けがあり、そしてその後に控える、葉月はづきちゃんの緊張を解くためのものも兼ねているようにも。


 演奏は、まるで春風のよう。


 明るい風を送り込んだの、皆の心に。咲き誇る気品、摂も公生君も清爽なイメージ。


 そして出番。葉月ちゃんが原稿を読む。表情豊かに。


 それはまるで、春の出会い。原稿を読む葉月ちゃんの声が弾んでいたから。


「その日、私は初めて外へ出ました。そして感じました。気温も、虫の声も、草木の薫りや転んだ時の、地面の感触。何もかもが新鮮でした。その場所は、やはりここ府学園だったのです。そこで私は出会いました。絵だけではなく生き様も教えてくれた先生……」


 弾む声の中にも、彼女の壮絶な出発は描かれ……


 重い話になるかと心配したけど、彼女の涙と共する笑顔は、生徒たちを釘付けにした様子。彼女は一人称を『私』にした以外は、ありのままを語っていたから。僕は思うの。


 ――体験に勝るものはないと。


 彼女が言いたいことは出会い。絵との、芸術部との出会いを語った。そして、


「芸術部は、まだ始まったばかり。皆で創り上げる愉しい部と、私は思います。私は描くこと創ることが大好きです。興味本位でも、どの様な理由でも、縁することには違いありませんから。出会いから運命も、人生だって変わることだってあるのですから。何しろ私がその一人ですから。一緒にやりましょう、私たちと一緒に、君たちの青春を」


 と、葉月ちゃんは言い切った。いつしか原稿を越えたアドリブになっていた。



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