第九〇四回 旅は旅でも忘れないようにと。


 ――それは何? ほらほら、まだ途中じゃない、マラソンの。



 と、可奈かなは言う。摂のお家に着いた途端。僕の顔を見るなり、手渡された黄色のノートパソコン。ちゃんと専用のバッグに入れて、電源コード等のアクセサリーも一式。


 目が点……になりながらも、


「これ、僕のお家から持ってきたの?」と、訊いてみる。その言葉しか思いつかずで、


「当然。三十一日までなんでしょ、『書くと読む』のマラソン。旅行だからって、それを理由に辞めるのはなし。読者は待ってるんだよ、毎日更新してきたのなら。少なくとも私は待ってるから。千佳ちかはやっぱり書き続けるの。ネットに繋ぐのなら、私がいるから」


 と、熱い台詞。僕の心に迫った。


 休もうとしていた。少なくとも、二十日以上は達成しているから……


 そうは言っても「私が楽しみにしてるのは、千佳の作品」と、そこは一歩も撤退などしていない。それが証拠に、エタりたくない。まだ書き続けたいと、心底から思えるの。



 ――千の物語を達成するまでは。


 しっかりと抱く。自身のノートパソコン。ともに歩んできたから……


 そしてついに出発だ。四人は行進するの。


 胸を張って堂々と。僕は行進も更新もしてゆく。


 ふと、可奈の顔を見ると……「千佳、私は励まさせてるから、あなたのエッセイに」


 と、言ってくれて。そして可奈もまた、ヴァイオリンを持参していた。


 お互いが、続けていくと意思表示。その証拠と成り得ることだったの。


 梨花りかせつも、笑みを浮かべていた。冷たい風にも負けない熱い心を、強い意志で包んだ人間たちのように横並びで歩く。それでも一瞬のことだ。通行の妨げはしないの……


 そう摂は言う。横並びは以ての外だ。


 自転車も、背後から抜き去る人もいる。反対方向に向かう人だっているからだ。



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