第八九八回 奥の細道には、広がる世界観。


 ――喩えるなら、末広がり。


 ここにいるのは、僕ら三人だけではなかったのだ。先客が存在していたの。



 温泉らしく物静かな趣に戻る。カッポーン……と、音が聞こえるようになるまで。それからそれから、霧が晴れるように白い湯けむりの向こうには、僕ら三人とは明らかに違う別の後ろ姿があった。頭には白いタオルを巻いている。髪は長いようで女の子……


 そもそも、ここは女湯。


 これまでも、女の人しかいなかった。それ以前に、いつも貸し切りみたいで僕らしかいなかったのだ。ただ一度だけ、一葉いちようさんがいた時がある。スーッと消えたけど……


 でも、この人は一葉さんではなく、


 もっともっと身近な人だ。この人は振り向いた。「いい湯だよ」と、僕らに告げる。以前はエイプリールの日に一緒に、ここを訪れた子。「せつ」という名の女の子だ……


 僕らは驚いた。


 芭蕉ばしょうさんの案内でここに来たのに、どうして摂が、僕らより先にここにいるの? そして摂は言う……「私も芭蕉さんに案内してもらったから」と。


 この表情からして、芭蕉さんを幽霊とは思ってないようだ。


 偉人というよりも、もう僕らのお友達。そこから繋がる、人と人のネットワーク。

 そこに生まれるエピソード。


 四月に誕生したエピソードも今は、画期的なものだと……蘇る今ここに。摂が加わったエピソードを今。四人となる、あの頃とは違う流れだけど、四角関係が鮮明に蘇る。


 でも今は、まだ三月。


 四月まで待てなかったという、摂だけにせっかちな部分も愛嬌として、僕らと一緒に温泉の湯と戯れる。時としては魚となりたいけど……川の水はまだ冷たかった。それはそれとして、あの頃よりも女性として成長した裸体。恥じらう心は、あの頃よりも……


「ゆったりと浸かる。たまにはいいでしょ、こういうの」と、摂は台詞を添付した。



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