第八七八回 思えば、もう想い出。


 ――その、おじちゃんとの出会い。名乗ってくれた。名字だけど、たちさん……と。


「おいで、ここなら温かいから」

 と、誘ってくれた。


 知らないおじさんについていっては駄目と、学校で教わってはいたけれど、もう知らない人ではなくなったから。自ら名乗ってくれたから。そして見た目は刑事さんのように見えたけど、刑事さんではなく……本がいっぱいある場所。


 迷路のような路地裏を抜けると、そこには広がる世界。本といっても、図書館の本ではなく値段が記載されている。それにそれに、普通の本よりも……考えられない程の安値。


 従って、普通の本屋さんではないような気がして……


「初めてかな? 古本屋なんだ。ここは僕の店。本、好きかな?」


 と、舘さんは笑みを浮かべ……温まるのを感じた。心がポカポカと。いつの間にか、僕は泣き止んでいて……「うん」と、返事をしていた。嘘ではない。立ち読みは結構していたから。ただ……買えないだけ。お金がないから。この安値でも、僕には……


「好きなだけ読んでいいよ。お茶も入れてあげるから。君が元気になれるなら、そのお手伝いをしてあげたいけど……僕には、これくらいのことしかできないけど、それで良かったら。ここには漫画も、ライトノベルだって豊富にあるからね」

 と、舘さんは言ってくれた。そして僕は、


千佳ちか星野ほしの千佳……」と、自分の名前を名乗った。初めて声にした言葉……


「千佳ちゃんか。良い名前だ」


「また来てもいい? 本、買えないけど……」

 と、僕は少し俯くも、クスッと舘さんは笑って、


「いつでも、大歓迎だよ。読むのはタダだからね」と、言ってくれた。


 お茶も御馳走になった。それに舘さんは訊かなかったの。学校で何があったのかも。お家で何があったのかも……そこには触れなかった。ただ、僕が家路に着くまで、そっと見守ってくれていた。僕が元気になって、ここを出るまで。それは夕映えに……



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