第七四四回 糸のように絡まる想い出。


 ――喩えるなら、糸を紡ぐように。窓から見える雨の糸は、昨日の余韻を残した。



 昨日の余韻……


 まず今日は、五月四日。ぼんやりとしたお空と同じように、ぼんやりとした屋根裏部屋での時間。体育座りで乾草のベッドの上。何をするのでもなく、只々、窓を眺める。


 何処を見ているのかといえば、遠く……

 喩えるなら、そこから彼方の、脳内の宇宙空間にも似た場所……


 昨日は、多くの人に会った。その繋がりは、旧一もとかずおじちゃん。瑞希みずき先生のお父様。そして、早坂はやさか先生の奥様であるリンダさんのお父様。三人の墓標から、その生前からの糸が繋がった結果なの。海が見える丘のような場所に、三人の墓標は並んでいる。そこに集った僕らも、今生の寿命を達したのなら、そこがまた、僕らの墓標になる。だから、お祖母ちゃんは、北陸のお家を残している。きっと未来永劫に、語り継がれる。


 旧一おじちゃんの願い。……手紙に託した、その言葉にある裏側にも。それはまた、瑞希先生のお母様の強き思い。暗黙の了解で娘に託した思い。北川きたがわ初子はつこさんが瑞希先生のお母様のお名前。教師という宿命を、使命に変えた瑞希先生。蛙の子は蛙だけれど、ただの蛙ではなく常にレボリューションを繰り返していた。僕らもまた、同じ思いで……


 昨日よりも今日、今日よりも明日へと、


 地に足の着いた前進を。……僕は、この子たちに出会えたから、できたと、そう思えるの。そして、いつも陰ながら旧一おじちゃんは見守ってくれていたから。……その思いで胸がいっぱいで、そのことに浸っていた。でも、時間は進むの。その言葉から……


「千佳、皆で柏餅を食べようって、お祖母ちゃんが」


「さあ、行こ、行こう」と、梨花りか可奈かながドタドタと、階段を上がりながら呼びに来た。


 ――さあ、行っておいで、皆の所へ。


 えっ? ……そう聞こえたような気がして振り返ったけど、そこには誰もいなかった。


 それでも、うん! と、僕は駆け下りる。梨花と可奈と一緒に階段を。



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