第七四三回 五・三は壮大なスケール。


 ――それは、広がる海が物語っている。



 地平線の彼方まで、無限大の広さを誇っている。まるで、母の愛のように。


 どうして今日を選んだのか?


 お墓参りの時期とは、とても懸け離れているように思えるけれど……実は、五月三日には縁深き意味が、存在していたの。旧一もとかずおじちゃんの命日ではなく、生誕の日だった。


 今、生きていたとしたら……


 一緒にこの広い海を、見ていたのだろうか? とても素敵な光景。すると、そっと手が触れた。僕の肩に……「太郎たろう君?」と振り向けば、彼がいた。彼の表情が物語る……


千佳ちかがいたから、俺は、千佳に出会えた。

 千佳がいてくれたから、俺は、また千佳に会えたんだ。俺たちは、これからだ」


 と言葉を添える太郎君。ギュッと、抱き寄せるように、身を寄せる僕。多くは語らずとも、そんなに言葉はいらなかった。――そうだよ、この人が僕の彼氏なんだよ。と、旧一おじちゃんに届くようにと、深く、この海のように深く……心からの言葉を贈る。


 そして五月三日は、


 瑞希みずき先生のお母様のお誕生日だった。そのことを、お母さんの口から告げられた。お母さんは旧一おじちゃんの妹。可奈のお母さんも、同じく旧一おじちゃんの妹だから。


 瑞希先生のお母様は、旧一おじちゃんの担任の先生だった。それはもう想い出の中、繰り返される想い出の中。四十年余り繰り返された想い出の中、そこからの前進を促されたのだ、僕らのお母さんの声によって。同じお誕生日という必定を越えた偶然……


 瑞希先生のお母様が初めてクラスを持ったのが、旧一おじちゃんのいたクラス。そこには、いじめが……いじめを苦に、旧一おじちゃんは自ら命を絶った。享年十五歳。


 その深い悲しみから、瑞希先生のお母様は、教師生活のすべてを捧げたの。いじめ撲滅への戦いに。……もう、その悲しみから、今度は自分のための人生にと、そう願い、僕らのお母さんが、この日を選んだ。瑞希先生のお母様が、この広がる海のように……



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