第九十八章 ――ニューデイズ。

第六九五回 まさに、その時だ。


 ――目覚めたら始まる新しき日々。その新鮮さは、本当にことを言えば、まだまだ。


 氷山の一角をほんの少しかじった程度。その程度のもの……



 なので、僕は願う。この夜と朝の間に、熱が下ることを……


 時間の経過とともに、不安は増す。下らない熱は、体温計に三十九度を表示させる。コロナだったらどうしようと思う。梨花りかは同じベッドの上、同じお布団の中にいる。


「梨花、僕なら平気だから……」


「何言ってるの? 一人より二人の方が治りが早いの。僕はね、誰よりも千佳ちかのこと知ってるんだから。それとも何? 僕じゃ頼りないって言うの?」


 ギュッと抱きしめる梨花の体。僕は泣きそうで「……怖いの」と、言葉を漏らした。


「それでよし。僕はずっと一緒だから」


 梨花は、僕の頭を撫でる。ただ傍にいるだけでも心強く思える。次第に高熱は節々の痛みに及ぶ。息苦しさも覚える。震える僕の体……駆け巡る寒気も。でも、僕とは違う息遣い。梨花の鼓動を感じる。梨花の心臓の音。それが、僕に安心感を与えてくれていた。


 そこからは、多分……

 夢を見ていたのだと思うの。


 梨花の心臓の音、温もりは、いつしか僕を夢へと誘っていた。まるで疲れて眠るように……或いは、お母さんのお腹の中にいた時の、遠い記憶の片隅へと。そこに答えらしきものがあると、僕は夢と現実の間で、見たような気がしたの。それは、氷山の一角にさえならないことかもしれないけれども、僕と梨花が出会えたことは、偶然ではなく必然だ。


 そして同じ時代に皆と出会えたことも、まさにその時だ。


 熱の痛みは節々から、汗となって和らいでゆく。僕の身体は、ウイルスとの戦いを終えて、勝利を飾ったのだ。三十九度の高熱も、目覚めの朝にはもう三十七度二分まで下がっていた。梨花はギュッと、僕を抱きしめた。「良かったね、千佳」と、言葉にもして。


 そしてこれから、僕らは方程式が絡んだ新しき日々へと、歩んでゆく……



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