第六四一回 その一部始終は、湯煙の中で。


 ――カポーン!



 と、こだまする擬音が、いい感じの静けさを演出していた。天空のお星様たちを眺めながらの大きなお風呂。大自然の中での天体観測……思えば、可奈かなの好きそうな演出。


 僕は願う、この一時を。


 可奈のモヤモヤが少しでも、晴れてくれるように。

 それはまるで、心の鏡。


 曇った鏡を、洗い流してクリアーにするの。可奈は今、心の洗濯も兼ねているの。梨花りか一文字いちもんじさんも、きっとそう願っているから。寂しい心を温めて、ゆっくりと……疲れた脳内を癒して、そう。そのまま肩まで浸かる。僕も傍にいるから、ボッチじゃない。


「……ありがとね、千佳ちか


「ううん、僕は何も。春になったら、皆一緒だよ」


 見上げるお空。……いつか見た光景にソックリ。あの日の、赤い狐と緑の狸を食した時と同じ、お空の模様と、この温かさ。心から温かくなる感触。ソックリそのままで。


 ――すると、


「あっ、いたいた」と、聞き覚えのあるハスキーヴォイス。それに釣られながらも、僕と激似な声。……どうして見分けているのだろうと思える程。湯煙が白いヴェールの役割をしているために、ここからではシルエットが見えるだけで、細部の確認まで至らず。


 ……でも、包み隠さずの、ありのままの姿。


 トンネルを抜けたような、そんな感覚。漠然としていたものが、今ハッキリと。――見えるの。ボッチではない確信がここにあるの。しょうさんと梨花、それに天気てんきちゃん。白鳥しらとりさんと雷鳥らいちょうさんも皆一緒にいる。広いけれど一つの湯船に浸かるの。……可奈はね、


「どお? 千佳、修学旅行のお風呂。格別に気持ちいいでしょ」


 と、言ったの。思えばいつの間にか、いつもの可奈に戻っていた。目力もいつものように戻っていたの。もしかして僕を誘ったのは、……僕のためだったのかもしれない。



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