第六三五回 風に乗って駆けるメモリーズ。


 ――それは未来へと、再び走る観光バス。または、僕らを乗せたバス。



 思い出を未来へ紡ぐために、僕らは芝の政を後にして、次へ向かった。その形としてあるものは、僕と太郎たろう君の、今この時のウエディング写真。木目美しい額で飾られている。


 しっかりといだく。


 かけがえのないこの時に刻む。フイルムと同じように、心に刻まれている。


 十五歳の僕……そして十年先の僕は、またこの場所へ、また太郎君と一緒に訪れるのだろうか? そう思いながら、窓の外の流れる景色を見ていると、梨花りかが……


「きっと、そうだよ……

 その時は本当に、太郎君とウエディングだね。僕が仲人するから、二人の」


 と、静かに言うの。一番後ろの席の、僕のお隣……すぐそばで。しかもバスという、密閉空間の中に於いて。するとね、……鳴っちゃったの、お腹が……


 プッと笑う梨花。


 それにしても、いつもならこんな時、二人一緒に、お腹が鳴るはずなのだけれども、僕だけ? となったの。そして聞こえるの、「えっ、今の何?」「マジ? 大きな音だったけど」と騒めくの、クラスの男子も女子も。可奈かな天気てんきちゃんは覗き込むの、少しばかり遠い距離からも僕の顔……「あんまり顔真っ赤にしちゃバレちゃうよ、千佳ちか」と、囁くように言う梨花。それから「寒ブリまでは、まだ……夜までお預けだから、次のサービスエリアで食べる? これ」と、梨花が自分の、ピンクのリュックから出したもの……


 それは、二種類のカップ麺。


「どっちがいい? 赤い狐か緑の狸か?」と、問うの。僕は見る、その時の梨花の顔。あの日あの時と同じ顔……そしてこの重なる場面。初めて梨花に会った時も、そうだった。


 そしてその指先、僕が選んだものは……


「そっちね。じゃあ、挑戦することが条件だよ。期間は十二月二十日まであるから、大丈夫だよね。千佳は『しあわせ運ぶショートコンテスト』に応募エントリーすること。約束だからね」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る