第六〇九回 ビッグなイベント。僕には人生で初めてのことで。


 ――思えば、幾つも取り返していたの。僕が失ったと思っていたこと。



 それも、倍返しにして。……始まりは、諄いいだけれどティムさんから始まった。


 会う機会があったの、偶然にも街角で。木枯らし一番が到来したその後。もちろん僕の体調も、良くなってからのことだ。とあるスーパーに向かう途中だったの。


 というわけで、一緒にお買い物。


 ティムさんは今晩の食材。僕もまた今晩のメニュー、お母さんのお使い。


 ティムさんは、以前は僕のパパだった人。懐かしくも、あの頃に戻ったようなひと時を感じずにはいられなかった。遠いように思えても、一年前は親子だったの。


千佳ちか、もうすぐ修学旅行だな。……もう千佳は、大丈夫のようだな」


 と、初めて会った頃は、片言だった日本語。今はもう、普通に話している。ティムさんが日本を訪れたのは、かれこれ五年も前のことだったそうで……なのに急に、日本語が上手くなっている。僕と会ってからをきっかけに。なら、もう察しの通りだね。


「ありがと、ティムさん。

 僕のためだったんだね、日本語が上手くなったの」


「親子のコミュニケーションは大切だから……と、思ってね。でも、もう千佳には新一しんいちさんがいるし、太郎たろう少年もいるから、もう大丈夫だね。寂しくないよね」


 ……ふと思ったの。


「……もし僕が、まだ寂しいままだったら、ティムさんは僕と結ばれてたの?」


「そういうのも、ありだったのかな。最悪な方向に行っていたのなら、僕は千佳をお嫁さんにしてたのかな。出会った時から、不思議な感じだった。……千佳は、僕の母と何処となく似ていたから。不陰気というのか、面影とでもいうのか。不思議だった」


 それ以上は、僕の立ち入れる所ではないような気がしたの。……でも、安心に似たようなそんな心境だった。ティムさんも普通の人だったように思えたから。もしももう一方が実現していたのなら、今とは違った方向のドラマができあがっていたのかもしれない。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る