第六〇八回 帰ってみると、そうだね。穏やかで温かなお時間。


 ――それは、やっぱりお味噌汁。


 温かくも美味しい。あの頃と同じ、お母さんの味……でも、お母さんはお仕事で、お祖母ちゃんが作ってくれたの、お粥も一緒に。「ゆっくり食べるのよ」と言いながら。


「懐かしいの、この味……」


「そうかいそうかい、千尋ちひろに教えた味だからね。……そうねえ、今の千尋の味噌汁は、昔と違ってるからねえ。千佳ちかは、こっちの味が好きなのかい?」


 コクリと頷く僕。……お祖母ちゃんはニッコリと「また作ってあげるから、よく温まって寝るんだよ」と、言ったの。温かくも、穏やかな時間の流れの中で……



 太郎たろう君に送ってもらっての、早朝のジョギングの帰りから始まった。帰り道、太郎君は僕を背負ってくれた。その様を見るなり、梨花りかは僕のおでこに手を当てるなり……


「千佳、今日はお休みだよ。すぐお風呂にするから」


「……うん」


 朝シャンが、お風呂になった。洗いっこではなく、梨花が一方的に洗ってくれて、湯船で温まることを重視してくれた。「千佳、百ゆっくり数えながら肩まで浸かるんだよ」


 と、そう言いながら……


 上がったなら、すぐにベッドでお布団の中へ。脇に挟まる体温計の表示……微熱だけれども、今の時流では警戒しなければとのことで、梨花だけ制服に着替えて出発した。


 とはいっても、今は感染も収まっているけど、


「大人しく寝てなさい」と、梨花は釘を刺した。


 今日の夕方に、太郎君が様子を見に来る。……の筈だったのだけれども、梨花が断ったの。僕の熱が治まって、また元気になってからだって。だから、お預けになったの。


 でも、声なら大丈夫。スマホなら、少しでも……

 会いたい思いで溢れるのだけれど、少しでも、心は満たされる。


 なので今は、スヤスヤと……いつの間にか眠っていたの。夕映えのお時間になるまで。



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