第八十五章 麗らかな春を心待ちにしながらも、まだ蕾の僕ら。

第六〇七回 秋も束の間で、冬支度……特に今年はそうだから。


 ――急に季節を感じた今日この頃、もう半袖Tシャツと短パンでは寒く感じた。



 続けているの、朝のジョギング。


 まだ息は白くなってないけれど、すれ違う人は、もうジャージ。長袖長ズボン。ジョギングコースに含まれている公園で、バッタリと出会う太郎たろう君も、もう夏のスタイルとは違っている。そして、僕を見るなり……


千佳ちか、鳥肌立ってるぞ。やっぱり寒いんだろ? その恰好じゃ」


 と言って、そっと着せてくれた。自分のジャージを僕に……。色は緑色。僕には短パンが隠れる程に大き目。でもね、残る太郎君の体温……さっきまで着ていたから、


 それに、匂いも。

 少し汗の残る匂いだけれども、ポカポカ温かく……


「って、顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃないのか? それに口元も……荒れてるな。この辺で引き上げた方がいい。家まで送ってあげるから、千佳、帰ったら朝シャンも熱いシャワーで、とにかく温かくしてるんだ。制服は、もう衣替えで冬物だろ?」


 と、太郎君は言うのだけれど、

 コクリ……とも頷くのだけれども、


 顔が赤いのは、きっと、それだけではないと思うの。辺りの風景は、オレンジなイメージで、冬の特徴でもある霜が、ほんのりと、味噌汁にも似た温かさに触れて、オレンジ色に煌めくそんなイメージ。喩えるのなら、温かな家庭の朝の食卓……


 今ではなく小さな頃、僕とお母さんだけの生活の中で、貧しくとも、束の間でも、きっと懐かしく思える、そんな一コマがあったと思える。脳裏に残っている記憶……


 ギュッと握る。……太郎君と繋いでいる手を握っている。触れる温かさは、そこにもあるから。込み上げる感情。今までとはまた違うような、そんな感情なの……


「……学校、終わったら、来て、僕のお家に来て。……一緒にいて」


「千佳、本当に大丈夫か? 辛かったら今日は休みなよ、俺から梨花りかお姉に言うから」



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