第五八八回 アンテナを張り巡らせて。


 ――それは、研ぎ澄まされた感覚。三人が三人とも、其々の役割と場所で。


 それもまた、社会人となった時に必要な部分。

 そしてまた、今この時にだって。……学園もまた社会の縮図ともいえるだろう。



 翌日に、天気てんきちゃんの退院が決まった。しかと聞いた。……でもそれは、彼女のご両親から。彼女はまだ、言葉を失ったままだ。暫くの間は自宅療養を要した。


 学園への復活の見通しは、まだ不明。病院へ通院しながら、その経過を見て担当医が判断するそうだ。顔の腫れは治まり、傷も治ってきているのだけど、心は……


 なら、僕は明日も会いに行くの。

 彼女が拒まない限り。拒んでも、彼女に必要なら、ずっと僕は繰り返すの。


 ――そうなの。


 かつて梨花りか可奈かなが、僕にしてくれたみたいに。


 今度は僕の番。――天気ちゃんを元気にして見せる。と、その決意に立った丁度その時だ。帰り道の草木が靡くその風の中で、シルエットが見えたの。そのシルエットは、まるで記憶の糸を辿るように、或いは想い出を繰り返すように、近づいてくるの。


 僅かばかりの間に、


「よお!」


 と、声を掛けてくれた太郎たろう君。……そういえば、一週間以上も過ぎていた。ジョギングをしなくなってから。それと同じ期間、太郎君に会っていなかったから……


「久しぶりだな、千佳ちか。元気だったか?」


「……元気と言えば、嘘になっちゃうね。何とかかな?

 ごめんね、ジョギングすっぽかしちゃって。明日からまたね、再開するから……」


 実のところは、それが精一杯の言葉だった。そう言わなきゃ、負けちゃいそうで。


「……無理すんなよ。事情は梨花お姉から聞いてるから。猫の手よりマシと思うぞ」


 と、太郎君は言ってくれた。黄昏の空も、パッと明るくなったような気がしたの。



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