第五八五回 ……急を告げられる瞬間。


 ――お家に帰った。


 というよりも、梨花りかに連れられてやっとだった。置いてきぼりの僕の心は……昨日から動かなくなって、何もできなくなっていた。食事も喉を通らず、朝シャンも……



 学園も行けそうになく、でも、涙だけは止まらないの。

 ずっと泣いてばかりで、それだけが、唯一できたこと。


 梨花は傍にいてくれた。今も傍にいるの。学園に行かずに、僕の傍でずっと。もうお昼も過ぎゆき……すると、梨花は僕に言うの。


千佳ちか、食べよっ。お昼しよっ、昨日から何も食べてないじゃない……」


「……いらない」


 と言った時だ。梨花は僕の頬を叩いたの。


 僕は叩かれた頬を押さえて、梨花の顔を見た。……潤む梨花の瞳に、僕が映っていた。


「いつまでそうしてるの? いつまで悲劇のヒロインを続けるつもりなの?」


 ……信じられない言葉だった。

 梨花とは思えない言葉だった。……「酷い」と、僕の口からその言葉が漏れた。


「酷いのは千佳じゃない。あなたじゃない、一番元気にならなきゃいけないのは。今のあなたを天気てんきちゃんが見たらどう思うの? 元気になりたくてもなれないじゃない」


 その瞬間だ。


 頭の天辺から、電撃が走った。グッときて、涙も何処かへ行ったような感覚だ。

 ――同時に、早坂はやさか先生が目の当たりにまで。


 お家を訪ねて来たのだ。そして僕らのいるお部屋まで上がって来て。……因みに、ここは二階、梨花のお部屋だ。そして早坂先生の背後から、ヒョッコリと可奈かなも現れた。……あっ、でも制服ではなかった。ということは、可奈も無断欠席したそうで、僕らと同じ。


「無断欠席のことはもういい。君たちの事情は、僕がちゃんと知ってるから。――それよりも行こう。天気君が意識を取り戻したそうだ」と、早坂先生の言葉がこだました。



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