第五七六回 そして君の番! 燃ゆる心。


 ――梨花りかは走る。走っている。


 グランドを出て、校門を出て、見えない場所でも。



 そういう子なの。僕の知らない場所でもコツコツと……努力している子なの。進路のことだって着々と……僕と出会う前から懐で温めていたそうなの。この間だった。初めて知ることになった。本人の口からではないのだけれど、その……とある友人から。



 だから、今はまだ内緒なの。


 そう思っていたら、見えた、梨花の姿が。


 校門を潜って帰ってきたの、グランドへ。僕は向かう、まるでF1のレーサーのようにピット・インするかのように、セパレートコースを走る。呼吸を合わせる瞬間。


 そこには、二人だけの合図。


 襷を渡す受け取ると同時の、ある種の理解……その中で行われる第四走者からアンカーへの引継ぎ。そして梨花を始め、可奈かな金八きんぱち君や相高原あいたかはら君の声援。それだけではなくクラスが一丸となった声援。「千佳ちか」と、僕のことを応援してくれる。グッとくる。


 ちょっと涙が出そうになったけれど……


 笑顔で応えた。――夢にも思わなかった光景。でもそれは、夢見ていた光景。かつて愛読していた少女漫画のように、僕にも学園ものの青春が実現する瞬間だったの。


 そう、確信する。


 そして溢れる想いを胸に抱き、僕は走る。梨花から託された襷を、爽やかなる午前の風によって、靡かせ躍らせながら、心の動作と同じく足も弾んでいた。


 軽やか、そして並んでいるの。四組の、かつて同じクラスだった、出雲いずも天気てんきさんと。僕が中等部三年生になって初めて、梨花と可奈の他に仲良くなった子。かつての葉月はづきちゃんと同じような眼鏡と、風に靡くポニーテール。身長は僕と団栗の背比べ。走るのもまた同様で……昨日の友は今日の強敵となって、譲れないレースと化した。



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