第五三八回 今日、大海を知った井戸の中の蛙。


 ――それは海を見たから。その興奮は熱帯夜にならない夜をも熱くしたの。



 世界百周旅行よりも、もっと充実したこの度のプチ家族旅行……僕らの宝となった。二人で撮った写真も、家族みんなで撮った写真も沢山詰め込んだパパのカメラ。


 アルバムにしっかり飾るの。『梨花りか千佳ちか』と題した二人共通のアルバム。



 ……そして、僕が十五年を生きてきた証。


 今日の写真がその証明といっても過言ではなく、梨花との出会いが本当に運命とエッセイは語っている。ならば、僕の青春は、梨花と共にあったのだと確信するの。


 ――後悔はしないの。


 ううん、絶対にないの、生死ともに未来永劫にまで……


 夜の静寂は、共に深い眠りへと誘うの。安らかな眠りに。お盆間近に誘われ、十三日の金曜日。僕らの眠りの中へと現れる白い影。それはきっと、明朝の朝靄に語りかける。


 笑顔で迎えるの、今なら。



 その白い影は、その一時期だけ僕らに会いに来るの。その時だけ、前世の姿に戻って僕らの前に……見えるのは僕だけではなく梨花も一緒に。その時だけのサービスだから。


 まだ見ぬれん君の、その前の姿。


 旧一もとかずおじちゃんとしての、ちょっとしたご挨拶。それはある意味、開会の挨拶なの。


 大海を知った井戸の中の蛙が、これからもアルバムに写真を飾るようにと、まるでオリンピックのように歴史を刻むための御挨拶。十三日の金曜日、その夜を越えて十四日の土曜日の早朝に、古時計の前で二人揃って御会いする。白い世界の中で……


 梨花と二人並んで、目の当たりに旧一おじちゃん。


 そこには言葉が存在しないけれど、その表情だけがすべてだった。お外は生憎の雨だったけれど、スマイル・アンド・サンキューは御心にある御天気を、晴れ晴れとしたの。



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