第五三三回 ――八月六日。夏休み中の登校日。


 それは遥か遠い日の記憶……


 或いは小学校の低学年までの記憶……そこから先は、記憶に残っていないの。



 いじめの記憶で埋まっていたから……でもね、掘り起こしていくと見えてきたの。瓦礫で見えなかった尊き宝。身の財宝ではなく、心の財宝を……そして、それはね、


 その時になってわかるだなんて、つい最近だから、わかったのは。


 そして結ばれる今日、八月六日。


 それは来たる二十日後に、整然と控えている修学旅行。その行く先と大いなる関係を持っている広島での出来事。原爆という悪魔サターンが投下されたことによるもの。……国と国との瓦礫の向こうにあるものに、もう少し触れてあげることができたのなら、


 ――きっと笑顔でわかり合えたのかもしれない。


 中学生の僕の考えは甘いのかもしれないけれど、少しは……気持ちだけでも変わるのかもしれない。僕が今日、八月六日に登校できた日を迎えることができたように。



 瞳から、脳に記憶される映像や、耳から、脳へ淡々と語られること。それはきっと忘れてはいけないこと。だけれども、その時に零れた涙や、心に熱く残ったことは忘れられない。学校行事として流れた映画だけれど、涙を流したのは……きっと初めてで、


千佳ちか、お腹でも痛い?」


「トイレ行く? 先生に言おうか?」


 と、梨花りか可奈かなが……暗がりの教室の中で心配そうな趣で訪ねるものだから、


「ううん、大丈夫。……それから、ありがと。梨花、可奈……」


 それはまず、映画を見て涙を流せるようになったことに……

 心に潤いを、なら修学旅行はもっと……かけがえのない記憶として残ると思うの。


『ありがと』の言葉の中には、いじめやお母さんと間にできた溝などの瓦礫から、僕の心を掘り起こしてくれた意味も込めて、梨花と可奈には深き感謝で溢れていたの。



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