第四二二回 緑誘う扉の向こうは、煌めく風。


 ――ドアの前。小部屋のドアの前、その中から聞こえる声……二人の会話が漏れる。



 問い詰めるような恵比寿えびす公太こうたの声。まるで可奈かなを責めるかのように。……「何で電話の時、俺って気付かなかったんだよ」とか「俺は可奈姉と同じ学園に入るために、勉強一生懸命したんだよ。なのにあの女……俺よりあの梨花とかいう奴の方がいいのかよ」とか。


 まるで駄々を捏ねる子供。


 ……ついこの間までは小学生だったのだから、無理もないか。僕と梨花りかを同一人物と思い込んで誤解していたみたいだし。……その件は聞こえてきた。可奈が少し涙声で説明していた。きっとそんな姿を僕と梨花に見せないようにと、……精一杯の見栄だったのね。


 その証拠に、可奈は何も言い返せないでいる。

 只々謝るばかりだ。ごめんの繰り返し。震える梨花、怒りに……


 可奈も梨花も、僕のために泣いたり怒ったり。辛いのに、それでも気丈に……


 僕は、僕は……してもらってばかりで、どうする? どうするの? と、自分に問うことを繰り返す、胸中の最も深い場所なの。お腹の中にある黒い部分にも似たような。



「梨花、初めてここで会った時かな、

 僕のせいで梨花が補導されて……怖い目にも遭ったのに、僕を許してくれて……」


「当たり前でしょ、僕の可愛い妹なんだから」


 あれ……?


「でも、その頃って、僕が妹だってこと知らなかったよね? その半年後だったもの、僕と梨花が双子だってわかったの。……だから、いいんだよ。今からでもケジメをつけたいんだったら、僕のことぶっても。思いっ切り引っ叩いても。……いいんだから」


 梨花が僕を見る。まだ怒りの目だけれど、

 目を合わせようとしなかった梨花が、この時、僕を見たから。


「何が言いたいの?」


「何だかんだ言っても、梨花も僕と同じだと思うから。

 ……だから、ちょっと行ってくるね」


 と、僕はドアを開けた。そのドアの、その向こうへと駆け出した。「千佳ちか!」と、梨花の呼び止める声も制しながら。可奈と、恵比寿公太の二人の世界観を遮りながらも。


「君!」

 と、その声と共に僕は引っ叩いた。恵比寿公太の頬を思い切りぶった。


「おまっ、何すんだよ」


 叩かれた頬を押さえ、そうでありながらも僕を睨む恵比寿公太。……そして濡れた顔のまま僕を見る可奈。そして僅かな距離でありながらも、僕を止めるために、この小部屋に入ってきた梨花……立ち尽くす。沈黙は静寂を生むが、それでも風は煌めいていた。


 束の間の静寂……だけれども、


「これでチャラ。君が僕にしたことに対して。

 ……でも、僕よりも辛かったのは可奈なの。それだけは、わかってほしいの。非通知の電話の相手、可奈はね、ちゃんと君だってわかってたと思うの。でも、僕がいた手前、そう言えなかったんだね。それに君は、誤解してたみたいだしね」


「千佳、許してくれるの? 公ちゃんのこと」

 と、可奈は僕に縋るように、涙も零しながら……って、


「ちょっと、可奈らしくないじゃない。どうしたの? いつもみたいにツンデレキャラでなきゃ。梨花がね、いつものように、可奈と仲の良すぎるお友達に戻れないでしょ」


「……ばか」

 と、可奈は涙を拭う。照れ隠しにしても少しばかり酷いかも。


 そして恵比寿公太は、……あれれ? まさか泣いちゃうの? 僕がぶったから?


「チゲーよ。それにしても何でお前らは、自分のことを『僕』っていうんだ?」


「それは僕ら双子が『ボクッ娘』だから。それにいつまでも『お前』呼ばわりは駄目だと思うよ。このお姉ちゃん、怒るととても怖いからね」


 ……って、あっ、と思った時には、


「千佳、それってもしかして僕のことかな?」

 と、目を吊り上げる梨花。そっと、僕の背後にいて……グリグリッと、


「ご、ごめん梨花、あ~ん、許してお姉さま」

 と、そんな僕を見るなり、恵比寿公太はホラーよりも怖いものを見たという感じだ。



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