第二六五回 紐解く、その歴史。


 ――扉の鍵を開けたのなら、次は歴史の紐を解くことだ。



『でも、

 何故そこまで厳重に?』



 それは今の……令子れいこ先生の表情が物語っているようにも思える。僕には、そう思えるのだ。そしてきっと梨花りかも、僕と同じことを考えている。……そう確信できるの。


 一階にある、または描いている途上の『天使のうたたね』は、元々はここ、二階のアトリエで、僕らをモデルにして描かれたもの。それとはまた違う百号のキャンバスが、ここに存在しているの。背景は……海。波打ち際で戯れる二人の天使。



 鉛筆の跡が生々しく残っていて、

 着色が途中……ううん、そこで止まったまま。


「描けなくなったの、

 瑞希みずきちゃん……もう、その続きも」と、僕らの背後から、そっと語りかける。


 歴史を紐解く、その心を超える音声が。令子先生の心から溢れた言葉が……



 まだ先生になる前、まだお二人が美術部員だった頃、二人の間で交わされた約束があったの。……「一緒に描こう」と交わし合った約束。でもね、その約束は、過ぎゆく時の流れの中で果たせなくなった。お二人の間には、僕らの想像を絶することが起きていた。


 お二人の間には、

 暫しのお別れが存在していて……あまりにも長い時の流れだったそうだ。


 僕らはこのお二人に、戦いを挑むつもりではあったのだけれど、僕らよりも大きく、重い出来事がそこにはあったのだ。それは何か? スタイルは同じでも、いつもの感じとは違う令子先生の表情や、語る言葉たちが……そう物語っているのだ。



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