第二四二回 あのね、よく考えてみると。


 ――僕は球技が苦手だったのを忘れていた。その場のノリで、勢いで。



 調子に乗ってバッティングセンターへ。今度とは思っていたのだけれど、つい声にしてしまったの。するとするとするとね、太郎たろう君のお母さんが「行こう、寄ろう」と言ったのだ。太郎君もニンマリと。僕は、僕はね、もうノリノリでバッターボックスに立つ。


 丁度それに合わせたかのような帽子……黄色と黒の。関西の定番の。


 そしてワンピース。そして今しなやかに、


 ブン! と効果音。響き渡る。あ……あれ? 見事に空振り。僕はそんな調子で。そのあとを追うように金属音。その音とともに、ボールは運ばれる。



 ホームランと言われる場所に。――太郎君は「す、すげえ」と言う。ん? 打ったの太郎君じゃなかったの? 見ると、見るとね、太郎君のお母さん。見事なバッティングホーム。飛んでくるボールは速球派のもの。具体的な速度は伝えるのが難しい。速度変動や変化球などの難易度の高いコースだから。スマートな体型だけれどパワフル。僕のお母さんよりも若い。十歳ほど若い。三十代……だから。お名前は、お名前は今知る。初めて知ることとなる。な、何と、千夏というの。太郎君が教えてくれた。


 漢字は違えど、僕と同じ『ちか』なのだ。


 漢字は一文字だけが違う『千夏』なのだ。


 僕はその時、深い縁を感じた。過ったの。霧島きりしま千夏……その先を想うと、想うとね、


 もしかしたら同じ名前が、太郎君の前に立ちはだかることに。……顔は見るからに火照り、今はまだ想像、あくまで想像上の設定。千佳ちかと千夏。……それ以上はまだ早いの。


「あはっ、ついマジになってね」

 と、太郎君のお母さん……千夏さんは、しっかりトロフィーを抱えてニッコリとね。


 優越感に浸る。おまけにドヤ顔。――それは逆襲。僕に対する逆襲だ。そこで路線は何か違うのかもだけれど、太郎君を巡っての試練なのかもしれない。そうも思えるのだ。



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