第百六回 そして、忍び込むと。


 ――芸術棟へ。



 人の気配は……ないと思われる。階段上がれど、ひんやりするばかりで話し声など何もない……音一つも存在しない感じ。でも、自分の息遣いだけはハッキリと存在する。


 それは、それだけはわかる。


 それが、確かなる自分の足掛かり。自分を見失わないための……


 ぼんやりしていた自分の見るもの、感じるものが、覚醒にも似たような感じで……徐々にハッキリしてくる。視覚に聴覚と、五感全て……自分のものとなるそんな感じ。


 本当の意味で我に返る。……そう、返ったのだ。

 そして我ながら思うの、酷い格好と……誰にも会わず見られずで幸いと思っていたら、



「こら!」


 と、迫力ある怒鳴り声。……ソプラノ? 女性のヴォイスと思われ、「ギクッ」という表現が先の、その次に振り向き振り返りで、見るに見て二度見、三回目へとの勢いで、


 ……声を、僕も声を発する、精一杯にと。


令子れいこ先生!」


 と、その人の名を、僕は声にした。――その人の怒鳴り声は、シチュエーションも関係するのか、背筋が凍るほど怖かったけれど、ニッコリと、ニコちゃんマークのような満面な笑顔。まるで「笑顔の見本はこうだよ」と、言わんばかりの特徴ある笑顔。


 そんな中にあっても、


千佳ちかさん駄目でしょ、保健室にいなきゃ……」


 と、怒られる。ある意味、瑞希みずき先生より怒ると怖いと思われる。容姿は……小柄。身長は百四十五……可奈かなの方が高くなった。僕と梨花りかは並んだようで。童顔、体格も合わせて僕らと同い年に見えるかも……ううん、もっと幼くかも。そして此処は二階、芸術棟の階段上がって入った室内、広い方だ。……怒られても、もう少しの間ここが舞台となる。



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