第三回 それは、車窓の話から。
前回に引き続いて、……お母さんの涙。
幾度か経験はある。――煙草の火を押し付けられたこと。一升瓶で殴られたこと。首を絞められたことも、引っ叩かれて蹴られたりしたことさえ、……その言葉と涙は、それらをも帳消しにするほどに、ずっとずっと悲しいことだった。
一瞬で消え去る壊れそうな記憶、
でもそれは、後にトラウマという形となり、心身に及ぶ記憶へと化ける。
そこはきっと……嘘のつけない場所。自分という者の何者でもなく、それ以上でもそれ以下でもなくて……自分である限りは、逃れられない場所。……でも、それでも、
涙が止まらなくて、
飛び出したお家を! 外は明るくて、それなのに降りしきる雨。
明日への保障はいつもないけど、走る走る……とにかく立ち止まりたくないから。何処へ向かうのか? 抑えきれない感情の行き先もわからないままの片道切符、この手に握って更にその先へ。……雨の雫は、僕の涙を誤魔化してくれた。でも、酷い有様には違いない。足には気のみ気のままで履いた色違いのサンダル……左は黄、右は青。純白の面影もなくした薄汚れたワンピース。……垣間見せる羅列したボブの髪。それもボロ雑巾のように、すべてが濡れている有様。……それが、この頃の僕の格好だ。
――気付けば、もう電車の空間に、その身を置いており、
異形なものを、まるで汚物を見るような視線の数々……もの言わぬ、決して交わす言葉もなく夏とは思えぬ肌寒き、冷たきその模様。「……ったく、同情するなら金をくれ!」と、この野次馬たちに言ってやりたいけれど、所詮は他人事。僕ももう冷めていた。
――この雨と、何ら変わりのない存在にまでなっていた。
溢れる涙は止まらずに何かが壊れたようで、お家から近い『最寄りの駅』を出て、十か十一の駅を通過、そこが終点……静々と下車して地下へと、その身を下した。
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