5章 黒幕 その3

「生かしてはおけん」


 バンと窓が開いたのと同時に、スピアが振り上げられた。


「シャルロット、端へ!」


 二人は狭いポーチの左右に逃げた。振り下ろされたスピアはウィリアムの細身の剣が受け止めた。金属が擦れる甲高い音が響いた。


「なぜじゃシーモア! おぬしはウォルターの支持派ではないのか!」


 シーモアは剣に力を込めながら、シャルロットに一瞬だけ目を向けた。


「選択肢の中では、一番ましかと思っていただけだ。しかしあの男は庶民に肩入れしすぎた。権力は貴族が握っておらねばならん。それが国のためなのだ。私は、この国を誰よりも愛している」


「それでウォルターも、密談していたうつけの兄弟も、始末しようとしておるのか」


「娘、どこまで知っている」


 シーモアはウィリアムの剣を弾き、シャルロットに向けて剣を振りかぶった。


「飛び降りるよ」


「ここは二階じゃぞ!」


 ウィリアムはシャルロットの手を引いて一緒に飛び降りた。足から受けた衝撃が脳天まで走った。シャルロットはウィリアムに抱きこまれまま共に倒れた。


「大丈夫? 怪我は?」


「問題ない」


 シャルロットはそう答えたが、擦り切れた腕や足が痛んでいた。


「殺しだ! ウィリアム殿下を捕らえよ!」


 ウィリアムがシャルロットを立ち上がらせる頭上で、シーモアが叫んでいる。


「なにが殺しじゃ! それはそっちの企みじゃろう」


「とにかく逃げよう。僕たちが誰も手にかけていないことくらい、すぐに分る」


「うぐぁっ……!」


 走り出そうとすると、再び頭上から声がした。窓を見上げると、いち早く駆けつけた守衛の胸にシーモアが短剣を突き刺していた。


 返り血をカーテンで防ぎながら、二度、三度。


 守衛は動かなくなった。


「なんとむごい……」


 シャルロットはその場で膝を突いた。


「どういたしました、猊下!」


 二階の部屋に、次々と兵がやってきた。


「見よ、私の剣を奪ってウィリアム殿下が守衛を殺め、あの娘と逃亡した! すぐに追うのだ!」


 枢機卿は自ら殺した守衛を集まった兵たちに見せつけ、シャルロットたちの罪をでっち上げてしまった。


「シャルロット、行こう」


「どこに?」


 シャルロットはあまりの衝撃に、思考が停止していた。


「父の部屋。放っておいたら、枢機卿と交わしたという文書を処分されてしまう。僕たちの無実を証明するには、それを手に入れるしかない」


「そ、そうじゃの」


 二人は走り出した。


 ウィリアムは住み慣れた城とあって抜け道をよく知っていた。なんとか追っ手をかいくぐり、ジョルジュの部屋にたどり着いた。部屋には幸い誰もおらず、静まり返っている。


「シャルロット、部屋の明かりをつけて、文書を探して」


「分った。ウィリアムは?」


「内鍵はかけたけど、僕は念のため、扉が開かないようにバリケードを作るよ」


 シャルロットは燭台の前に置いてある火口箱を使って、ぎこちない手つきで火をつけた。部屋中の蝋燭に火を灯してから、執務机を調べ始めた。ウィリアムも長テーブルを移動し、書籍をそのテーブルの上に積み重ねて重しにする作業を終えると、文書探しに加わる。


「ジョルジュが持ち歩いておらんことを祈るばかりじゃ」


「どこかにしまってあるとは思うけど。父は別荘をいくつも持っているから、そっちに置いていないか心配だ」


 しばらく探しても見つからない。


「ないな」


「ここではないのかの」


「外が騒がしくなってきたね」


 ドンドンドンッ!


 扉が叩かれた。とうとうシャルロットたちの居場所に気づかれたのだ。蝋燭を灯したことが原因だろう。しかし明かりがないと、文書を見つけることは難しい。


「どうしようかの……あっ」


 慌てたシャルロットが、三百号の大きなジョルジュの肖像画にぶつかり、落としてしまった。


「シャルロット、見て」


 絵画の後ろには穴が開いており、そこに決め細やかな彫刻の入った木箱が置いてあった。シャルロットが腕を回して、指先が届くかどうかというくらい大きい。


「隠してあったか!」


「錠がしてある。鍵はこの部屋になかったから、父が身につけているのかもしれない」


「ううむ、少しは動くが、重くて箱を持ち出すことは不可能じゃな」


 ドンドンドンドンッ!


 ドアを叩く音が大きくなる。


「このままではドアが破られてしまう。僕は扉を押さえに行くから、シャルロットは箱を開けて!」


「鍵はないんじゃぞ」


「壊すしかない!」


「うむ、うむむむ……」


 シャルロットは渾身の力を込めて、箱を壁の穴から床に落とした。ゴトンと鈍い音を立てて箱は落ちたが、びくともしていない。


「なかなか頑丈じゃの」


 感心している時間はない。


 シャルロットは燭台をとり、刺さっている三本の蝋燭を抜いて片手で持ち、錠前と箱の接続部分をあぶりながら、燭台のとがった部分で何度も叩いた。


「あつっ。……くっ、しかし、手ごたえは、あるの」


 溶けた蝋がシャルロットの手にまで流れたが、熱さに耐えて接続部分を叩き続けた。

ドアの音の凶暴さが増している。部屋に響く鳴動がシャルロットたちを揺るがし、まるで凶器のようだった。


 この部屋は四階なので、窓から侵入されることがないだろうことが救いだった。


「シャルロット、そっちはどう!?」


「もう少し……開いた!」


 錠前ごと上蓋が取れた。中には宝石や金の塊のほかに、書類が多く入っている。その中に、枢機卿のサインの入った文書があった。詳しく読む余裕はなかったが、ジョルジュを国王にするという契約のようだ。


「あったぞ!」


 シャルロットはその文書のほかに、目録などの書類を掴んで入るだけポケットに詰めた。


「これで妾たちの無実は証明されるな?」


「うん。やったよシャルロット!」


 手を取り合って喜んだ時に、扉を割く凄まじい音と共に、大剣が半ば突き抜けてきた。


「うわっ!」


 扉の近くにいた二人は、慌てて離れる。


 直後に、爆薬の破裂音に似た音を立て、扉を粉々に吹き飛ばし、大男が部屋に入ってきた。

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