きみの嘘


 帰ってくるなり私のベッドに倒れ込んだわたしは構って欲しいと背中で必死に語り掛けてくる。ので。


「ぐぇ!?」


「死ねば?」


 私は思いっきり背中に飛び込んでやることにした。


「ふぅん……、死ねば?」


「その感想はおかしくない!?」


 呼吸困難に陥った馬鹿から本日の結果報告を受けた私がなんとかひねり出してあげた言葉に目の前のが悲鳴をあげる。

 私の名誉のために説明するが、別に鏡に向かって話している痛い子などではない。私の右目にある泣き黒子が、目の前のわたしの右目にもあるのがその証拠だ。

 つまりは単純に、双子なだけなのだ。目の前のわたしが弟で私が姉で。


「1時間も待ったと」


「待つでしょ」


「死ねば?」


「ちゃんとダイエット中って言ってからお店に行ったし」


「死ねば?」


「そのあと流れで男に興味がないか聞いたら気持ち悪いって……」


「死ねば?」


「傷心の弟にもうちょっと優しくしてくれても良いんじゃないかな!!」


「お姉ちゃんがキスしてあげようか」


「え、やだ、きもちわぐはッ!!」


「このまま電気あんましてあんたの○○○ピー○○ピーして無様に○○ピーするまで○○○ピーしてやろうか」


「生意気なことを言った愚かな弟をお許しください……ッ」


「この変態女装野郎が」


 トドメとばかしにわたしの口の中へ唾を吐き出してあげれば盛大な悲鳴をあげて私の部屋から出て行った。


 勉強嫌いの私とは違って、成績優秀で品行方正だったわたしに女装趣味があったと知ってしまったのは去年の夏。友達の家に泊まる予定だったのが急遽取りやめになって自宅へ戻ったときに私の部屋で私の服を着て幸せそうにしているわたしを見てしまった時。

 まあ、下着まで履かれていたことにはさすがにドン引きしてちょっと言えないことまで思いっきりしまくって写真と動画に納めたけれど。


 それ以来、わたしに私の恰好をさせては私の代わりに大学の講義に時々出てもらっている。私はその間遊べるし、わたしわたしで自分の大学にはない類の講義が聞けて楽しいと言っていた。本音は女装して外を出歩けるのを悦んでいるのだろうが。


 それだけなら問題は起きなかったのだが、およそ一年前の冬。私の代わりに大学に行っていたわたしが帰ってくるなり、


「好きな人が出来た……!」


 と鬼気迫る勢いで私を押し倒してきたときにはムラっとしてそのまま押し倒し返してしまった。

 何処に出しても恥ずかしい身内の恥に恋をさせたのはどこのどいつだと調べてみれば、これがまた相手は性質が悪いイケメンだった。


 女をとっかえひっかえするだけでは飽き足らず、ひっかけた女の友達まで喰い散らかしては友人関係を台無しにしてしまうサークルどころか人間クラッシャーな女を股にかける最低な奴だった。


「女装趣味じゃなくてホモだったの?」


「ちがッ! ていうか、!」


「は?」


 目を覚まさせてあげようと20発ほど殴っても意見を変えようとしないために渋々再度調べれてみればなるほど確かに。

 件の相手は彼ではなく彼女でありました。


「ならレズじゃん。良かったわね、この話はここで終わりよ」


「そこをなんとかァ……ッ!」


「いくらあんたが女みたいな見た目しているからって付いているものは付いているんだから無理でしょう、諦めなさい」


「初めてなんだよ、僕はいままで誰かを好きになったことがなかったから! 初めてなんだよ!」


「初恋は実らないって本当ね」


「なんでもするから協力してよおねえちゃぁぁ!」


「……なんでも?」


 大切な家族の頼みを断るわけにもいかず、仕方なくではあるが私はわたしと彼女の合間を取り持つ作戦を考えることになった。

 余談ではあるが、欲しかった新型パソコンをタダで手に入れることが出来てとても嬉しかったことを付け加えておく。



 ※※※



「ダイエットは?」


「は? 止めたけど」


「昨日の今日で?」


「きみにとやかく言われる筋合いはないでしょ」


 大学食堂で人知れずマニアにだけ人気の超盛カレー約4人前の量をパクついていれば声を掛けてくるイケメン男子、もとい女子。


「それもそうか」


 彼女が私の傍に来るのは彼女の傍に他の女が居ない時。空気が読んで、ではない。彼女のポンコツな脳みそにそんな機能は搭載されていない。

 一度、彼女の彼女だという女が包丁を持って私に怒鳴り込んできたことがあったので、二度と他の女が居るときに私に近づくなと彼女に忠告しただけだ。


 私のそっけない返事に彼女は小さく微笑んだ。別に見たわけではない、離れた所に座る女共から黄色い悲鳴があがったのでそうだと判断しただけだ。誰がこんな奴の顔を好んで見るものか。


「それ」


「うん?」


「やめて」


「あ、ああ、ごめん、気づかなかった」


 彼女が頼んだカレーライスは、スプーンでぐちゃぐちゃにかき混ぜられて全てが茶色に混ざり切っている。ぐちゃぐちゃにしてから食べるのを否定する気はないが、人の目があるところでするのは勘弁してほしい。


「きみが美味しそうに食べるのを見るのが楽しくて」


「死ねば?」


 女をとっかえひっかえする最低女。

 その正体はなんてことはない、ただの同性の友達が欲しい寂しがりの変人だった。


 イケメン男子な彼女は高校まではそれはもう美少女の見た目だったという。つまりはモテたのだろう。モテてモテてモテて、女に嫌われた。

 人と上手に付き合っていく能力に欠如していた彼女は、たとえ女性に嫌われたとしても彼氏がそばに居ることを望んだわけで、自業自得と吐き捨てる想いが強いのだが、それでも女友達という響きのあこがれを捨てることが出来ずに大学デビューと洒落込んだのだ。


 その結果がこれだとすれば、彼女は人類の想像を超えるポンコツなのだろう。


「昨日の話なんだけど」


「忘れた」


「彼女じゃなくて彼氏を作ってみたらって話」


 わたしが言っていた話はこれか。


「考えてみたんだけど、やっぱり僕に彼氏は気持ち悪いよね」


「死ねば?」


「やっぱり」


 気持ち悪いのは、きみに彼氏が出来ることではなくきみがつくしょうもない嘘。

 怖いんでしょう。彼氏が出来て居なくなるのが。誰が? 私が。むかしのきみの周囲の女達のように。


 初めて出来た女友達である私。

 彼女は私に固執する。失いたくないと固執する。だけどもポンコツなので他の女が近づいてくると私以外にも友達が出来るのではと期待してほいほいとついて行く。


 あまりのポンコツっぷりには反吐が出る。

 私はきみが大嫌いだ。ポンコツだからではない。女癖が悪いからでもない。ましてや、少し意識すればすぐに男にモテる外見だからでもない。


「やっぱりきみの言う通り、セックスするのをやめてみようと思うんだ」


「女と?」


「うん。この間みたいに離れていく子もいるだろうけど、ちゃんと説明していけばきっときみみたいに僕と友達になってくれる人が」


「駄目よ」


「え?」


「セックスしなさい」


「え、いや、だって、でも、え?」


 混乱するきみに丁寧に説明してあげるほど私は優しくないし、傲慢だ。

 欲しいものはなんでも手に入れる。どんな手を使ってでも。


 きみが女と寝続ける限り、きみに女友達が出来る可能性は極めて低い。女友達が出来ない限り、きみは私に固執する。きみが私に固執する限り、きみは男に目を向けることはない。きみが男に目を向けない限り、わたしの恋は報われない。


 私はきみが大嫌い。


 私からわたしを奪おうとするきみが大嫌い。


 生まれてしまったわたしの恋心など、私が認めない。


 だって


 わたしは私のモノなのだから。

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