第12話 出動!ハイヒールポリス

「最近、わが校の生徒に痴漢の被害が増えているそうだが」

「主に通学途中の車内で被害に遭うようです」

「出来る限り教職員がその時間帯の電車に乗り合わせるようにしているのですが、すべてに目配りをすることは、なかなか」

「やはり警察に相談しましょう」


「という訳なのよ、トオルちゃん」

「石川だ」

「何とかしてよ」

「もちろん助けてあげたい、あげたいんだけど」

「何よ」

「管轄が。鉄道警察隊の仕事だから」

「出た、役所のセクト主義」

「また難しいことを」

「何とかしなさいよ。警察署長の命令よ」

「『一日』だろ。だいたい、何でおまえが頼みに来るんだよ。校長先生とかPTA会長とかが来るもんじゃないのか」

「当たり前じゃない。そもそもヒラのトオルちゃんなんかにお願いに来る訳ないじゃない」

「『なんか』言うな。俺だって『巡査長』だ」

「いばっちゃって。だいたい巡査長って正式な階級じゃないじゃない」

「誰が、そんなこと」

「ウイキに聞いた」

「ま、まあ、そうだけど。いや、話そらすな。何でお前が来たんだ」

「トオルちゃんに会いに来てあげたんじゃない。あとでちゃんと校長センセが署長さんにお願いに来るわよ」


 後日、校長から正式に依頼のあったこの件、署長から鉄道警察隊に車内巡視のお願いをするということに留まってしまったのだが、やはり痴漢対策は重要だということで、所轄内においても巡視を強化することとなった。

「管内においても痴漢や公然わいせつに関する被害が増加している。ついては、今回、オトリ捜査を行うこととしたい」

 いつになく生活安全課長の言葉に力が入る。署長直々の御下命があったともっぱらの噂。 

 白羽の矢が立つのは、生活安全課の若い女性警察官。それだけでは足りずに交通課の女性も駆り出される。

 駅から住宅街までの街灯もまばらな夜道。ローテーションで毎夜歩き回る彼女たち。


「どうして一件も検挙できんのか」

 捜査を始めて一か月。生活安全課長の悲痛な叫び。

「それはまあ、なんと言うか、こう、みな隙が無いというか」

「そうですね。後ろ姿にある種、その、あー、殺気が漂っているような」

 コンビを組んで捜査に当たっている男性警察官たちからの微妙な返答。

 さもありなん。みな武道の有段者。来るなら来いといつも臨戦態勢。

「それは、要するに私たちに『可愛げ』がないとおっしゃってるということでしょうか」

 女性たちから強烈な反論。


 結局、女性警察官たちからの強い不満に抗しきれず、オトリ捜査は中止となる。

 とはいえ、署長から直接命令を受けている生活安全課長。立場上このまま検挙数ゼロで捜査を終わらせる訳にはいかない。

「頼む、引き受けてくれないか」

「いやあ、どうかなあ。一応聞いてみるけど」

「一応じゃなくて、『職務命令』として頼むよ」

「いや、そういう訳にもなあ」

 食い下がる生活安全課長。困り顔の地域課長。


「石川、ちょっといいか」

 めったにない課長からの呼び出し。どんなヘマをしたかと、ビビる石川巡査長。

「生活安全課から応援要請があってな。言うまでもないが、まあ、日頃から交番に持ち込まれるトラブルの解決に協力してもらっている義理もあるし。課長たっての頼みなんでな」

 普段、単刀直入に用件を切り出す地域課長が、何やら言いにくそうな物言いで持って回った言い方をしている。いったい何を頼まれたんだ、生活安全課長から。


「トオルちゃん、膝、曲がってる」

「おまえらよくこんなもん履いて歩けるな」

「文句言わない、仕事でしょう、トオルちゃん」

「石川だ!」

 何が悲しくて、JKにヒールの歩き方を教わらなきゃならないんだ。

 が、間違っても同僚には知られたくない。

「ハイ、膝伸ばして。背筋も。猫背になってる」

 夜道だから、かつら被っとけば分かりゃしないって。課長もいいかげんなことを。

「ガニ股になってるわよ」

 地獄だ。


 武士の情けか、さすがに地域課長も署員には内密にしてくれた様子。

 知っているのは口が堅くて有名な交番所長だけ。

 週に二回、金曜と土曜の夜、女装して人気のない夜道を歩く。

 そして一か月。

「二十二時五十六分、マルヒ、ゲンタイ!」(被疑者、現行犯逮捕!)

 警察無線に石川の声が。

「ゲンジョウは?」(現場は?)

「○○二丁目、○○踏切手前二百メートル、線路脇市道」


 こうして、生活安全課長の面目は何とか保たれた。

 が、これにより、この件は、署内全員が知るところとなった。

「よっ、ベッピンさん」

 同僚、主に男性は、石川に対して、みな一様にニヤニヤととした笑みを向ける。

 一方、女性陣からは、どことなく、よそよそしくされるようになってしまう。

「落ち込まない、落ち込まない。大活躍だったんだから、ね、トオルちゃん」

「石川…」

「いいじゃない、署内一の色白、細マッチョで、女の人よりイケてたってことでしょ」

「ぜッんぜん良くない!カゲで『おねえ』とか言われてんだぞ」

「おねえ、素敵じゃない。あたし好きだわ」

「おまえに好かれてもしょうがない」

「あら、JKはお嫌い?」

「うるさい。でもなあ、よりによって、あの野郎、何で俺なんかに寄って来たんだろう」

「知りたい?」

「何だ、おまえ、分かるのか」

「うーん、まあねえ。あのね、歩いてる時、すごい人目気にしてたでしょ」

「そりゃそうさ。いくらあたりが暗いったって、人に見られでもしたら、めちゃくちゃハズいじゃないか」

「それよね。自信なさげでオドオド感満載。何かされても悲鳴も上げそうになく見えたりして」

「え、そうなのか」

「颯爽と歩いてる人って、反撃してきそうじゃない。スプレーとか持ってたりして」

「おまえ、持ってるのか?」

「あたしは暗い夜道なんか歩かないわ。アプリもあるし」

「アプリ?」

「えー、知らないの?防犯アプリ。痴漢撃退機能もある優れものよ。ケーサツが作ったんじゃなかったっけ」

「ああ、あれ」

 まさに日進月歩。世のIT化は留まるところを知らないのだった。

 頑張れ「おねえデカ」!負けるな「ハイヒールポリス」!

 なんて死んでも言われたくない石川巡査長だった。 


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コンビニポリス 捨石 帰一 @Keach

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