きみの嘘、僕の恋心

八重垣ケイシ

きみの嘘、僕の恋心◇ストーカー


 目を開けると見知らぬところにいた。

 ココどこ?

 古びた民家のような、誰も住まなくなった古い空き家のような、和室の部屋。畳の上。

 天井の蛍光灯は割れてて、代わりに天井から紐でぶら下がった懐中電灯の明かりが、白く明るく照らしてる。見覚えの無い家。


 起き上がろうとすると、動けない? え?

 仰向けに寝たまま見上げると、手をバンザイした形で縛られてる? 足も? 縛られて? 動けない?

 え? ちょっとこれ何? え? わたし誘拐された? 縛られた? なんでえ!?

 引っ張っても丈夫なビニールのロープは外れない! 手に食い込んで痛いだけ! ふぬぐー! なにこれはー!?


「目が覚めたかい?」


 引き戸を開けて入ってくる男、誘拐犯?


「やっと、二人っきりになれたね、うふふ……」


 ひい? 目がヤバイ? 見た目は痩せた大学生くらいの男、なんだけど、なんだか目が怖い? 不気味にキラキラした目で私を舐めるように見てるよう! 一目で病みを感じるとはただ者じゃない! 不審者だ!


「ずっと君を探していたんだ……」


 なんだか夢見るように私を見てるよ? ずっと探していた? もしかして、ここ最近、誰かにつけられているような気がしてたけど、後ろから誰かに見られてるような気がしてたけど、お母さんが家の中で『あれ? 歯ブラシとか洗濯物が無くなってる?』とか、言ってたけどー。

 さては、お前が犯人か!


「やっと会えたね、神姫の巫女スカーレット……」


 私は竹田葉子です! 東陽昇高校二年A組川柳部の女子高生竹田葉子です! スカーレット誰? あんた誰?


「僕だよ、黒闇の影剣士ノワールだよ」


 どっからどー見ても日本人ですよねあんた! ノワール? 影剣士? マジで言ってんの? 頭大丈夫? あ、ダメか? 目付きがダメだ! 顔がヤバイ! どこから見ても日本人の就活に失敗した根暗な大学生かニートにしか見えないのに! 影剣士ノワールだって? 日本にそんな職業は無い! そんな企業は聞いたことも無い! 最近のマンガでもネーミングはもうちょっと捻りがある! ま、まって、ちょっと待って、来るな! 寄るな! 近づくな自称影剣士ノワール!


「わ、私は、スカーレットなんて、名前じゃ」


「まだ、前世の記憶を取り戻してないのかい?」


 前世え!? ヤバイ、ギャグで言っても寒いのに、誘拐されて身動き取れない状況で、マジ顔で聞かされたら、こんなに怖いものも無い! 前世の記憶ー!? 知るかそんなものー! 


「生まれ変わったら、今度こそ、二人で一緒になろうって、約束したよね?」


 そんな思い出、欠片もありません! 優しく言ってるつもりが余計に狂気を感じて怖いんだよ! 何処のスカーレット様とカンチガイしてやがりますか? 人違いです! 前世違いです! あ、ダメだ、これは刺激したら不味いタイプだ。本気みたいだし。前世え? 生まれ変わったらあ? どこの世界線の運命物語だ! 私を巻き込むなあ!

 うおあ、やめてえ、熱っぽい視線で見つめてニヤニヤしないでえ。ぴいい。運命の恋とか憧れるけどさ、ストーカーに誘拐されて縛られて前世の恋を告げられるとは思わなかったよ! この紐ほどけ! そして私は欠片も運命なんて感じてないよ? 寒気を感じて背筋に鳥肌が立つう! うひゃあ。


「あぁ、スカーレット……」


「ち、違うから、私はスカーレットじゃないし、あなたと約束した憶えなんて、」


「スカーレット、もうここには僕たちの邪魔をするログストーンの神官達はいない。もう、そんな嘘をつかなくてもいいんだ」


 嘘じゃねえし? 本気だし! うわお、愛しげに私の頬に触れるなあ! ぴいい。妙にキラキラした目が狂信的で怖いんだよ! 私、イヤがってるから! ほら、全力で拒否ってるから! うおお、ほっぺツツウってするなあ! ビニールロープが手に食い込んで痛いい! あああ、病的な狂気を感じる瞳が私の目の前にいいい。


「この世界に僕たちの邪魔をするものは、もういない。ここが僕とスカーレットの楽園だよ。ようやく、君とひとつに……」


 イヤだああ! 顔を近づけるなあ! 埃っぽい空き屋みたいな古民家で、ストーカーにファーストキスを奪われるとかマジでイヤあああ! それ以上はもっとイヤああ! 君とひとつに? カンベンしてえええ! それ以上寄るな自称影剣士! 離れろ、ノワール様! ぶっ飛ばすぞおー! イヤあああ! 誰かーたーすけてえー!!


「葉子君! 無事か!?」


 へ? 誰? 勢いよく誰かが部屋に踏み込んで来て、自称ノワール様が驚いて、その自称影剣士のお腹にサッカーボールキック! 決まった! ズドン!


「ぐへえ!?」


 就活に失敗したような暗い顔の自称ノワール様は、白目を向いて悶絶して倒れた。わたし助かった? 天井から吊るされた懐中電灯の影になった顔がようやく見える。あなたは誰?


「葉子君、怪我は?」


 キリッとした目、いつもは穏やかに微笑んでいる顔が、こんなに凛々しくなることもあるのね。東陽昇高校の川柳部の、


「部長!」


「葉子君、動かないで。今、そのビニールロープを切るから」


 そう言って部長はポケットからカッターを出す。私の手と足を縛るビニールロープをプチっと切って。はう、ようやく自由になれた。それも憧れの部長が助けてくれるなんて。

 川柳なんてまるで興味が無い私が川柳部に入ったのも、部長の顔が私の好みだったからなのよね。なに? 面食いで悪い?

 その部長が私の窮地を助けてくれた? ステキ! うん、運命というならこれこそ運命的よね!

 私のこと心配してくれる顔で部長が近づいて来ます! ひゃあ、やっぱりイイ男! 部長! 今なら私のファーストキスあげます! そのままどうぞ!


「どうやらケガは無いようだね。良かった」


「部長……」


 あ、キスは無し? 部長が手を伸ばして私の背中と膝の裏に手を入れて、軽くヒョイっと。おおお? これはお姫様抱っこ? ピンチに飛び込みヒロインを助けてお姫様抱っこまでがワンセット! 流石部長! わかってらっしゃる! ステキです!

 あ、ヤバイ鼻血出そう。そしてこれが川柳部の先輩に知られたら私の身がヤバイ。部長のファンクラブは抜け駆け禁止だからリンチされちゃうかもー。でもこれは不可抗力。うん、だから仕方無いね、仕方無いのだ。

 部長が私をお姫様抱っこしたまま、古い民家の外に出る。部長、川柳部なのにけっこう腕力あるんですね。私を軽々と。そして私を走って探していたのか、その額に首に汗がキラリ。はぁん。私のこと、そんなに必死になって探していたの? 嬉しいです部長!


 外は夜、振り返ってみると古い民家。空き家を勝手に使ってたのかな? 誘拐した私を閉じ込めるために? あのストーカーのノワール様はいったいどこの誰様? 危険なので一刻も早くお巡りさんに逮捕されて下さい。

 で、部長は私をお姫様抱っこしたままスタスタと。うぅんカッコいい。アレだよね、ここでエンディングロールが流れる感じだよね。ラララー、と。

 運命的な姫とか、こういう感じなんじゃないの? うん、部長にここまで接近できたことには、あの自称影剣士ノワール様にちょっとだけ感謝してあげよう。ありがとうストーカー二度と来るな。

 夜の星空をバックに私の顔を覗き込む部長。その瞳は囚われの姫を助けた凛々しい騎士の眼差しのようで。シチュエーションもステキです部長!


「……間に合って良かった」


「部長……」


 部長はそっと私に顔を近づける。優しく微笑みながら、そっと部長が囁く言葉は。


「精霊姫プレスティア、今度こそ君を守るという、前世での誓いを守れたかな」


「部長! お前もかー!!」


 流行ってんのか前世!!

 私のトキメキを返せー!!

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きみの嘘、僕の恋心 八重垣ケイシ @NOMAR

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