キミョウフシギの探偵事務所へ、ようこそ!

猫のまんま

第1話 噂のうわさ

 噂には、いつしか尾びれがつくものである。噂の元が、意図するもしないも、関係はない。


 噂というもの、人を惑わすにはもってこいの技法であることは間違いない。


 そんなことも踏まえて、この物語の主人公、桜田 未狐(さくらだ みこ)は、町で一番、不可解極まれない探偵事務所に、来ていた。

 5階建ての建物で、4階と5階は窓にテナント募集と書かれていて、3階はエアロビクスなど体験ができるものなのか窓にデカデカ

と、無料体験募集中と書いてある。

 1階は、居酒屋になっているようで未狐は昼間に来たため、まだ営業していないようだ。

 そして、問題の2階部分に掲げられた看板を見る。


 『キミョウフシギ探偵事務所』と書かれていた。


 そう書かれた看板を見れば見るほど、怪しさが強調されて、未狐は不安な気持ちに押し潰されそうなる。なぜ、カタカナなのか、未狐は疑問に思うが、今はそれどころではない


 今の未狐には、この探偵事務所を頼る他なかった。


 この町で、唯一の探偵事務所。もっと他にも、未狐は住んでいる近くに探偵事務所がないか探してみたが、そう易々と見つかるものではなかった。

 そもそも、探偵事務所なんてテレビドラマとかで見る代物だと認識であったため、探している間も、半ば半信半疑だったのも間違いではない。


 「はぁ……」


 ため息に近い吐息が、未狐から出た。

 未狐は家から出るとき、確かに気合いをいれたはずだが、その看板を見てからは、実際に探偵事務所があることが、現実味を帯びることになったので、未狐は自分の中で納得しがたい気持ちと、葛藤していた。


 「でも……」


 自分の悩みを解決するには、ここしかないと自分に言い聞かせる。

 「でも……でも……」と、ここまで来るまでに、何回言ったかはわからない。しかし、未狐には引き返すわけにはいかない理由がある。


「……よし!」


 本日、何度目になるかわからない気合いをいれた。

 きっと、周りから未狐の姿を見ると、道端で悩んでいたはずの女性が、いきなり拳を握りしめ、気合いのかけ声と共にグッと胸の前に掲げたのだから、一番不可解に見えたかも知れない。

 だが、そのことに未狐は気づくはずもなく、コンクリートで出来た階段へと向かったのであった。







 「あの~すみませーん?」


 未狐は建物2階の扉を一声かけながら開けたが、部屋の中からの返事はなかった。

 扉から見える通路には、奥の方に空けた空間があることは認識できたものの。

 通路には、幾多もある段ボールの山が所々通路を通る際には邪魔をしているようだ。他にも、通路から別の部屋へと繋がっている扉も見えるが、例の段ボールのせいで完全に行く手を閉ざされていた。


 「……片付けができない人なのかな?」


 また一つ、未狐の中でこの探偵事務所へ評価が下がった。探偵業とは、関係ないようにも思えるが、バイトで飲食店をやったことのある未狐には、入り口を綺麗しないことは、些か不満に思える出来事だ。


 「あのー!」


 再度、声を奥へとかけてみるが返事は返ってこない。


「勝手に入りますよー?」


 一瞬、営業時間外かと未狐は思ったが、真っ昼間にやって来ているのに、それでやってないはないだろうとも、未狐は思った。

 入り口の扉にも、10時~18時までやっていることが書いてある。休みは、祝日のみなので、ただの土曜日である今日は営業しているはずだ。


 「あのっ! すみません!!」


 やっぱり、返事は返ってない。


 「はぁ……」


 いれたはずの気合いが、気合いをいれた時よりも、すんなりと未狐の口からため息として出ていく。帰りたい気持ちで、いっぱいになる。


「行ってみるかー……」


 誰に言ったわけでもないのだが、未狐は自分を騙して、この散乱としている通路を進むことを決めた。


 一歩、足を踏み入れる。ふと、土足厳禁かと思ったが、履いてる靴を置く場所などなく、段差などで通路と玄関が仕切られているわけでもないので、そのまま未狐は土足のまま中へと入った。


 「うわぁ……」


 未狐から思わず、言葉が漏れる。一歩一歩と踏み入れる通路には、何が入っているのかわからない段ボールが、ところ狭しと置いてあるため容易には進めない。また、バランスを崩しそうになる体を段ボールに手を置いてバランスを取ろうとするが、その段ボールは少し湿っていて、力や体重をかけてしまうとへこんでしまうほど柔い。


 不愉快、極まれない。こうも極まってしまうものが多いと、この探偵事務所は碌なものじゃないと未狐は確信する。


 未狐は、通路を道なりに進み、一番奥の扉の開いた部屋に向かった。

 すると、そこは窓から差し込む光で、十分と言えるほどの空間だった。


 壁は大きなコルクボードが固定されていて、コルクボードには紙が、何枚も所狭しと張り付けられている。

 本棚の数も多く、本棚の中には大中小問わず、色鮮やかな表紙をした本やファイルで埋め尽くされていた。


 中央には、来客の商談のためか、2つのソファーが向き合わせに並べており、あいだに、ガラス製のテーブルが用意されている。

 ……ちなみに、そのテーブルの上も物が置かれており、汚い。


 「うごっ……! ごごご……」


 蠢きのようなイビキがした。


 なぜ、未狐がイビキと断定できたのかと言うと……見てしまったのだ。未狐は、『彼を』。


「うわぁ……」


 未狐は、この探偵事務所なるものに来てから、何度出したかわからない言葉が、またもや口から出てしまった。


 彼は、確かに、寝ていた。さっき、発していたものはイビキと、とっても間違いはないだろう。ただしかし。


「……どうやって寝ているの、この人」


 そう、彼は、一つ窓際に置いてあるキャスターのついた椅子に、体の腰に椅子をあて、仰向けに上を……いや、上半身が垂れ下がっているため、横を向いて寝ていた。


「……」


 苦しくないだろうか。未狐は、そう思った。


 彼の体は、腰を起点にして『くの字』に曲がっているが、呼吸は正常で、不規則にはなっていない。

 彼の見た目は、黒髪の二十代男性、口を間抜けに開けていなければ、そこそこ、いい顔立ちをしていると言ってもいいだろう。


 しかし、この状況でそんなことも台無しだが。


「あ、あのー……」


 未狐は、彼に声をかけた。


「ふごっ……!」


 イビキで返事をされるだけだった。


「……」


 未狐は、何度目かの後悔をした。

 

 この場所のこの部屋に、彼はいるのだから彼が探偵事務所の関係者であることは間違いないだろう。

 そして、この彼以外がこの部屋にいないことは、他の人は外出しているか休みである。もしくは、考えたくはないが、この探偵事務所には彼しかいなくて、探偵は彼が……。


「……」


 未狐は、無理やり自分の思考を停止させる。


 「はぁ……」


 またまた、ため息が漏れる。


 だがしかし、未狐はこんな彼でも頼るしか他ないのだ。この町には、探偵事務所はここしかなく、遠出して他の探偵事務所に頼めるほどの予算は、未狐にはない。


 未狐は、とぼとぼと、ソファーに歩き出し座った。

 未狐は、彼が起きるのを待とうと思ったのだ。今起こしてもいいと思うが、彼がもしも、これ以上の変人だった場合、未狐自身の精神が持たない。そんな人に、今から自分が困っていることを、依頼しないといけないと考えると、気が気じゃない。


 「はぁ……」


 またまたまた、未狐はため息をついた。気持ちはそう簡単には作れないものだ。







 約一時間後。


「ふぁぁぁぁぁ、良く寝たぁ」


 彼が、寝そべっていた(?)丸椅子を軋ませ、起き上がった。


 一方その頃、未狐は、持ち歩いているスマートフォンで、ネットショッピングを楽しんで盛り上がっていた。


「よし! やっと買えた! これ普通に買うと高かったんだよねー。ちょっとフリルがついてかわいいと思ったけど、デザインが幼そうに見えないか躊躇ってたけど……でも、安く買えたから、よし!」


 未狐は、一人、盛り上がっていた。


「えーと……誰かな? 君は?」


 よって、未狐は目覚めた彼から声をかけられた瞬間、自分の中にあった高まりが、一気に覚めるのを感じ取った。


「あはは、これはそのー……」


 困ったことになった。

 

 彼のことを変人だと思っていた未狐は、どちらかというと私の方が人の部屋に入り、勝手にスマートフォンをいじって、ネットショッピングを愛しんでいるのだから、変人だ。


「あはは……」


 続きの言葉が出ない。


「――あ、もしかして、バイトの面接かな?」


 どう、未狐の様子を見て、彼はバイトの面接なんて言ったのかわからないが、未狐は否定する。


「えっと、そうじゃなくて、依頼を……」

「いやーありがたいよ! 本当に! 僕だけじゃどうしてもこんな有り様だからね! アルバイトを雇って、片付けとか手伝って貰おうと思ってた所なんだ! さっさ、面接を始めようか!」


 彼は、未狐の話を聞かず、向かいソファーに、飛びつくように座った。


 「まぁ、最初は自己紹介だね。僕の名前は、キミョウフシギ。あ、本名じゃなくて、芸名でもない。職業柄、覚えやすいように名前を改名しているだけだから、気軽に、キミョウさんでも、フシギさんでも、好きな方を呼んで構わないよ」


 フシギは、勝手に自己紹介を始めた。


「はぁ……。初めまして、私は、桜田 未狐と言います。今回は依頼を……」

「へぇー、未狐ちゃんって言うの? かわいい名前だね。歳は、いくつなの?」


 未狐の話は、また遮られる。


「……今年で18です」

「今年で、ってことは、今は高校生かぁ。若いっていいね。親御さんには、バイトの許可とって来たの?」

「えっと、それは……」

「まぁまぁ、大丈夫! 隠れてバイトをしたいって気持ちは僕にもわかるよ! 親には、心配かけたくないもんね! 僕も、学生の頃はいろんなバイトをしたなぁ」


 フシギは、思い更けるように宙を見た。……そもそも、話を聞く気がないではないだろうか。


「あ、あの!」

「まぁ、大丈夫だって! 学校の方にもバレないようにするから大丈夫だって! ただし、学力な低下はバレる原因になるから注意が必要だよ?」


 フシギは、わざとやっているのだろうか。そう思えるほど、未狐は、自分の話を遮られることを疑問に思う。


「あ、あの! バイトの面接じゃないです! 探偵さんに依頼をしたいことがあって来たんです!」


 未狐は、やっと今回自分が来た目的を言えた。しかし。

 

「ふーん……そう」


 フシギは、あからさまに表情が急転する。さっきまで、ニコニコしていた表情が、今はこれでもかってぐらいに、つまらなそうな顔になっている。


 バイトよりも、依頼が大事ではないだろうか、普通。


「……ごめんなさい」


 未狐は、そんな彼に謝った訳は、自分にもよく分からなかった。




 





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