第16話
「いらっしゃいませー……って夜光さんか」
来客を知らせるコンビニ特有のあの音が鳴ったから自動ドアのほうを見ると、一緒にシフトに入っている夜光さんが両手をパタパタとさせながら店内に入ってきた。
「あっゴミ出し行ってきました、報告してなくてすいません」
そう言って頭を下げる夜光さんに「いいよいいよ、ゴミ出しありがとう」と声を掛ける。
「それにしてもお客さん来ませんね」
「そうだね、ここ近い未来潰れるんじゃないかな」
そう返すと、夜光さんは手を洗いながら「考えられますね」と苦笑いした。
今日は久し振りに夜光さんとシフトが被った。でも、つい最近広大高校で会ったしご飯も食べに行ったから、会うこと自体は久し振りだと感じない。
「いや~暇だね~」
「暇ですね~」
「消耗品の補充もしたし、タバコの補充もしたし、モップ掃除もトイレ掃除もしたし……お菓子補充でもするかぁ」
指を折り曲げて数えながらそう言うと「じゃあ在庫持ってきます」と言って夜光さんは事務所に向かった。行動が早すぎる。
しばらくすると、夜光さんがキャスターに乗せている在庫品が入ったボックスを押しながら事務所から出てきた。
「これでいいんですよね」
「そうそう。持ってきてくれてありがとう」
夜光さんにお礼を言いながら、カウンターから出てお菓子売り場に向かう。うーん、お菓子補充するなんて言ったけど、そもそもお客来てないからお菓子もそんなに減ってないな……。
「朝蔭さん、こないだはお疲れ様でした」
しかめ面で商品を入れる余地のある場所を探していると、ポッキーの箱を持ってうろうろしていた夜光さんにそう言われた。
「こないだ……ああ、土曜のことね! いやいやこちらこそ。というか夜光さんは依頼受けてなかったのに来てくれてありがとね」
そう返すと「ああ、それはまあ……はい」と微妙な反応が返ってきた。何故かそのことについて、夜光さんはあんまり触れたがらない。なんでだろ。
「いや~まさか、3体目が出るとは思わなかったよ。なんとか倒せたけど、やっぱり一日に2回やるのはきつかったなー」
「そのことですが朝蔭さん」
「ん、何?」
あ、ここクッキー2箱ぐらい入れられそうだ。
「もうそんな無茶はしないでください」
パッと後ろを振り向く。夜光さんは今まで見た中で一番真剣な顔をしていた。
「今回は異常な疲労感だけで済みましたが、次またそんなことをしたらそれだけじゃ済まないかもしれません。それに、基本的に1日に倒せる陰魂は1体までと決められています。今度からは、出来るだけ逃げる選択をしてください」
夜光さんはいつも通りの口調でそう言った。心配しているような声色でも、叱るような声色でもない。それでも、夜光さんの感情がどうしてだかはっきりと伝わってきた。
「多分朝蔭さんは、レイちゃんと同じで陽エネルギーが少ない人だと思うんです。だからなおさら、2体以上倒すなんてことしてはダメです」
夜光さんはふうと息をついて、手に持ったポッキーに目線を落とした。
「言ってたじゃないですか、朝蔭さん。仕事内容の割に給料が少ないって。私はそれ、つい最近まで実感してませんでした。そういうものだと思っていたので。ただでさえ不本意で始めた仕事なんです。なにも本当に命をかけるなんてことしないでくださいよ」
そう言うと、夜光さんは眉を下げて笑った。
「めちゃくちゃ上から目線っぽくなりましたね、すいません」
「いや、そんなことないよ」
首を振りながらそう返す。
「そうだよな、夜光さんの言うとおりだ。ごめん、迷惑かけて」
「いやいやいや、迷惑だなんてそんな! 心配はしましたけど」
慌てたようにそう言うと、夜光さんはパッと笑った。
「でもまあ、今は元気そうで何よりです」
「うん、今はすっごい元気」
顔を見合わせて、お互いに笑う。
俺は笑いながら、今度から後先考えず行動するのをやめようと思った。
「そういえばさ、陽エネルギーが少ないとかって分かるもんなの?」
ふと疑問に思って尋ねると、夜光さんは「はい」と頷いた。
「私はやったことないですが、レイちゃん、えっと花厳ちゃんが言うにはコアで検査してもらえるらしいです。気になるなら今度やってみたらどうですか」
「へえー検査ね」
そんなのがあるんだ、今度暇になったら検査してもらいに行こうかな。
「レイちゃんと依頼被ってましたけど、広大高校でなんか喋ったりしました?」
夜光さんは、まだ持っていたポッキーの箱を棚に無理矢理押し込みながらそう聞いてきた。どこか緊張した顔をしている。
「喋ったは喋ったけど」
キャッチボールじゃなくてドッジボールみたいな会話がほとんどだったとは言えない。
「そうですか……」
「でも、見た目通りの人じゃないって分かったよ」
「そうですか」
夜光さんはどこか嬉しそうに相槌を打った。関係ないけど、そろそろそのポッキー棚に入れるの諦めたほうが良いよ。
「あれだね、花厳さんってツンデレだよね」
「それ本人に言わないほうが良いですよ」
多分キレます、と夜光さんは苦笑いした。俺も直接言う度胸はない。
「でもあの辛辣な言葉に慣れる気はしないなー。頭良いからなのか、罵倒の品揃えが良いんだよね……」
「レイちゃんはもう酷いこと言わないと思いますよ」
ようやく諦めたのか、ポッキーの箱をボックスの中に戻しながら夜光さんはそう言った。俺は首を傾げる。
「ホントに?」
「ホントですよ」
「だったら嬉しいけど……なんでそう思うの?」
すると、夜光さんはニヤッと笑った。
「……朝蔭さん、小説文の読み解きとか苦手でしょ」
どうして分かった。俺は咳払いをして「そういえばさー」と話を変える。
「テストの結果返ってきた?」
「この話は終わりです」
「数学とかどうだった? 高一は数Ⅰと数Aだっけ?」
「ピンポイントでやばかった数学の話をしないでください!」
夜光さんは顔を青くして叫ぶように言った。ふうん、数学苦手なんだ……。
「え~しようよ数学の話~、確率の話とかしようよ~」
「ひぃん……バイト先の先輩からのパワハラに困っています……どうしたらいいでしょうか……」
「どこぞのナレッジコミュニティーを彷彿とさせる口調をやめなさい」
全く、イジりがいがあるなあ。頭の後ろを搔きながら、どんよりしている夜光さんに声を掛ける。
「俺で良ければだけど、今度時間あるときに数学教えようか? なんて」
「貢ぎ物は何が良いですか!?」
「貢がなくて良いよ」
さっきの様子とは一変し、夜光さんはキラキラした目で俺を見る。表情がコロコロ変わる後輩に笑いながら、俺は箱入りクッキーを2つ棚に並べた。
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