第15話
もう1体の陰魂がなかなか見つからない。2階3階と探したけどどこにも見当たらなかった。
「この階探していなかったら屋上しかありませんね」
4階への階段を上りながら、少し疲れている顔でピンク頭が言った。そりゃそうだ、もう2時間近く探している。この学校マジで広すぎるぞ。
「体育館とかは? ないか」
否定と罵倒の言葉が飛んでくるかと思ったら「うげ……」という呻き声が返ってきた。
「あり得るわそれ……あーあ、マジで面倒くさ」
そう言ってため息をつき、ピンク頭はジロッと俺を見た。
「ホント、あそこでアタシが倒してたらさっさと帰れたのに」
「そうだね」
ピンク頭は少し驚いた表情をしたかと思うと、さっきよりさらに不機嫌そうな顔になった。そして階段を上りきって「ならとっとと見つけて借りを返してください」と言い捨てた。
「うん」
何故か分からないけど、もうあんまりピンク頭の物言いにイラッとこない。言われすぎたせいで慣れたってのもあるけど、なんだかピンク頭が無理をして嫌なことを言ってる気がするんだ。まあ気のせいかもしれないが。
でも本当にそうだとしたら、なんでそんな態度をとり続けるんだろう。わざとだとしたら止めて欲しいな……。
「あ」
「なんですか?」
「いるいるいるいる天井にいる!」
「マジか」
興奮しすぎて小声で叫びながら天井を指さす。「カブトムシでも見つけたかのようなテンションですね」と言いながらピンク頭も天井を見上げた。なかなか秀逸な例えだな。
「よし、ようやく帰れる」
「でもここからじゃ、銃で倒すにしてもちょっと遠くない?」
陰魂は俺達から数十メートルくらい離れた天井にくっついていて、そっぽを向いている。俺が倒したやつよりもかなり靄っぽい。結構時間が経ってるから、もっとちゃんとした形になってるかと思ってた。
「全然」
ピンク頭はそう答えると、腰につけていたガンホルダーから銃を抜いた。その動作かっこよすぎるだろ。
「弾丸が届かないとかそういう問題もありません。そもそもこれは陽具であって銃ではないので」
そう言って、ピンク頭は銃型の陽具を両手で構えた。陰魂がこっちに気づいている気配は全く感じられない。
すると、陰魂はノソノソ動いて更に俺達から離れていった。もう廊下の奥に消えそうだ。
しかし、ピンク頭は決して陰魂に近づくような素振りを見せなかった。わずかに銃口を動かして、そのままぴたりと静止する。
「開」
開状態になったいなや、ピンク頭は引き金を引いた。銃声が鳴り響いたかと思うと、銃口から白色の光が伸び出たのが見えた。光はものすごいスピードで廊下を駆け巡っていく。そしてあっという間に遠く離れた陰魂に届き、カラダを貫いた。陰魂は断末魔を上げることなく一瞬で消滅した。
「閉」
疲れている様子もなく、さっきと同じつまらなそうな表情のままピンク頭は銃を下ろした。
「はい終わり。さっさと撤収しましょう」
「お、おう」
クルリと背を向け、階段に向かって歩き出したピンク頭に着いていきながら、俺はさっきの一連の流れを頭の中で再生した。なんだあれ、レーザービームかよ。
俺のことをケチョンケチョンにするだけある。退治がめちゃくちゃスムーズだった、少しの無駄もない。見たところ疲れも少なそうだ、きっとエネルギー放出量の調整が上手いんだろう。
何より、少しも陰魂のことを怖がっていない。陰魂を見つけてから退治するまで、ピンク頭の様子に全く変化がなかった。
そりゃあ俺腑抜けって呼ばれても仕方ないよな。もういいや、俺は腑抜けです。よろしくお願いします。
脳内で投げやりな自己紹介をしながら、時間を確かめようとスマホを取り出した。あれ、メール来てる。気づかなかった。
「……おい!」
既に階段を降りていたピンク頭を呼ぶ。動揺して声が大きくなってしまった。ピンク頭は「どうしました?」と怪訝そうに後ろを振り返った。
「そんなに大声じゃなくても聞こえますって……」
「なんか、10分前くらいにコアからメール届いてて」
不機嫌そうだったピンク頭は、何かピンときたのか自分のスマホを取り出して親指一本で操作し始めた。
「この学校に陰魂がもう1体出たらしいんだ」
「……そうみたいですね」
スマホの画面を見ながら、ピンク頭は低い声で相槌を打った。さっきまで様子が変わらなかったピンク頭が真剣な顔をしているのを見て、不安がかき立てられる。俺はもう一度右手に持っているスマホに目を向けた。
コアから届いたメールの内容は『16時54分広大高校でもう1体陰魂の発生が確認されました。先に発現した陰魂を中和する依頼を承った方は、中和が終わっている場合速やかに学校外へ出てください』というものだった。ピンク頭はスマホの電源を切りながら「とにかく」と声を発した。
「メールにもある通り、とりあえずそいつと出くわさないうちに一刻も早くここを出ましょう」
「うん」
ピンク頭の言葉に素直に頷きながら、心の中である違和感が頭をもたげていた。階段を駆け足で降りながら、俺の先を行くピンク頭に「ねえ」と話しかける。
「なんですか」
「さっきピ……倒した陰魂、ちょっと変じゃなかった?」
「ピ……」
ピンク頭はチラッと俺のほうを見て、続きを促した。ああ、もしこれが当たってたらどうしよう。
「ほとんど靄っぽくて、生まれたばかり、みたいな……」
「……アタシに依頼のメールが届いたのは今日の3時半くらいだから、結構時間経ってますね。朝蔭サンはいつごろメール届きました?」
「11時くらい……」
「なるほど。朝蔭サンが中和した奴を見る限り、残ってるのは3時半のほうですね」
ピンク頭はそう言うと「午前に予定いれるんじゃなかった」と呟いた。
「新しく依頼受けた人に、大分前に発生した陰魂を任せるのは心苦しいですね」
「やっぱり、やっぱりそうだよな!?」
なんで俺って嫌な予感ばかり的中させちゃうんだろ。
ピンク頭が退治した奴は陰魂として生まれたばっかり、つまり今さっきコアから届いたメールの「もう1体」だ。
俺達のどちらかが退治しなきゃいけなかった、半日以上前に発生した奴がこの学校に残っている。
「で、でもそういえば、前に夜光さんが24時間以内だったら陰魂ってそんなに凶暴化しないみたいなことを言ってた気がするような……」
正確には「24時間を超えたら凶暴化するから、出来るだけ24時間以内に倒すようにしたほうが良い」だったけど、ニュアンスとしては同じだろう。
「確かに、発生から24時間を超えたらどんなヘボい陰魂でも一人じゃ手に負えないくらい凶暴化しますよ。ただ24時間を超えた瞬間いきなり凶暴化するんじゃなく、凶暴さが徐々に蓄積されていって24時間後に上限に達するんです。つまり24時間以内でも、発生からそこそこ時間の経ってる奴は結構危ないですよ」
「新たな情報をありがとう」
ただ今は知りたくなかった。
「あああもう俺なんで今日午前中にシフト入れちゃったんだよぉ!」
絶対ピンク頭に馬鹿にされるのに、思わず情けない言葉が口をついて出てしまった。
「大丈夫ですよ、こんなに広い学校なんだから出会う確率の方が低いです。アタシ達が探すのに時間がかかったように、陰魂だってアタシ達を探し当てることなんてそうそう出来ませんよ」
顔を上げてピンク頭を見ると「ね、大丈夫です」と念押しされた。
「……ピ、えっと、花厳さんって」
言葉がそこで途切れた。
あともう少し、もう少しで学校を出られるはずだったのに、昇降口に「それ」はいた。
「ヒッ……!」
恐怖のあまり無意識に食いしばった歯の間から息が漏れる。ピンク頭ですら表情を強ばらせていた。
前にスーパーの屋上で見た奴とまではいかないけど、その陰魂はかなり大きかった。その昇降口のほとんどのスペースが、陰魂の巨大な体躯によって占められている。陰魂は洞穴のように大きくて黒い目を、ゆっくりと俺達のほうに向けた。
「アタシに依頼が来るはずですね、こりゃ減給だ」
何でもない風を装ってピンク頭はそう言った。そして俺のことを見る。
「3つ数えます。3であなたは一番右端にある昇降口まで走って行ってください。いきますよ」
「か、花厳さんは?」
勢い込んでそう聞くと、ピンク頭は少しの間黙って「アタシは反対側から逃げます」と答えた。
陰魂はグフグフとくぐもったような呼吸音を出しながら、じいっと俺達のことを見つめている。ピンク頭は俺の目を見て「大丈夫です」と静かに言った。
「後ろを振り向かないで走ってください。……1、2」
3とピンク頭が言った瞬間、俺は全速力で一番右端の昇降口に向かって走る。廊下いっぱいに俺の足音が反響する。……俺のだけ?
「後ろを振り向くな」と言われたのに、俺は思わず後ろを振り返ってしまった。
「開」
ピンク頭は、さっきの場所から一歩も動いていなかった。両手で銃を構えて陰魂と対峙している。
ギャアァという陰魂の威嚇するような声が聞こえたかと思うと、白い光が陰魂のカラダを貫いた。
「花厳さんッ何してんの!?」
「振り返るなっつったのに、腑抜けのくせに」
ピンク頭はなんでもないように、いつも通り俺を小馬鹿にするような顔をした。
「閉……うわあやば、流石に立ってらんない」
ピンク頭は廊下にゆっくりとしゃがみ込み、顔を伏せた。本当に辛そうだ。俺はピンク頭に駆け寄ろうとした。
「……花厳さん!!」
「なんです、」
ピンク頭は顔を上げ、そのまま固まった。
ピンク頭が倒したはずの陰魂が、首を伸ばしてピンク頭の顔を覗き込んでいた。
あまりにも大きすぎて、花厳さんに残っているエネルギーでは倒しきれなかったんだ。
「いたい、いたいよぉ、なんでぇ、いたいよぉ」
陰魂は開きっぱなしの口から言葉を発しながら、ゆっくりとピンク頭に近づいていく。さっきよりかは二回りくらい小さくなっていたけど、それでも充分デカい。
立ち上がろうとしたのか、ピンク頭は廊下に両手をついてグッと踏ん張った。しかし余力が残ってないんだろう、腕がピンと突っ張るだけでピンク頭はそれ以上動くことが出来なかった。
「ねぇえいたいよぉ、なんでこんなことするのぉ」
陰魂はとうとうピンク頭に覆い被さるほどの距離に達した。俯いていたピンク頭が顔を上げる。
「開!!」
身体が炎で包まれたかのように熱くなる。花厳さんを見ていた陰魂が、ギュルッと首を捩るようにして俺のことを見る。
「いたいよいたいよいたいよおぉ」
絶叫するようにそう言うと、陰魂は短い手足をバタバタと動かしてこっちに向かって突進してきた。メリケンサックを嵌めた右手を後ろに引く。
「いたいよおぉぉ」
「じゃあな激キモマンチカン!!」
そう叫びながらありったけの力を振り絞って拳を陰魂に叩き込む。陰魂は断末魔を上げると、いつもより遅い速度で消滅していった。
完全に陰魂が消滅したのを見届けてから開状態を解く。
「閉、うわっ……」
強烈な目眩に襲われる。それに耐えられず、膝から崩れ落ちて前に倒れた。
「朝蔭サン!!」
チラッと目線を上げると、驚いたような顔をしている花厳さんが立ち上がってこっちに駆け寄ろうとしていた。よかった、動けるくらいには回復したんだな。
「いいよ、疲れてるでしょ……休んどきなよ……」
「ぶっ倒れてる人にそんなこと言われたくないですよ」
花厳さんはうつ伏せで倒れている俺の横に膝をついて「動けますか、体勢変えましょうか」と聞いてきた。
「正直ちっとも動けん……ちょっと息しづらいから、仰向けにしてくれると嬉しい……」
そう言うと花厳さんは「分かりました」と言って、俺の左腕を自分の肩にかけて右腕で俺の身体を抱えた。そして何故か仰向けではなく横向きの体勢に変える。
「横……」
「仰向けよりも横向きのほうが気道確保されると思って……」
それ多分酔っ払い寝かせるときの対処法な気がする。まあさっきよりは呼吸しやすくなったからいいや。
俺の体勢を変えた花厳さんは、スマホを取り出して何やら操作していた。すごく焦った表情をしている。
「何、してんの」
「……振り返るなって言ったのに、どうして振り返ったんですか」
質問に質問を返すんじゃない。ムッとしながら、俺は「だって」と言う。
「足音が聞こえなくて……振り返ったら案の定逃げてないし……」
「どうして、二度目になるのに陰魂を倒したんですか」
やばい、なんかめちゃくちゃ眠い。眠気で遠のく意識をギリギリつなぎ止めながら、花厳さんの顔を見上げる。
「だって、すごく怖がった顔してたから」
あのとき、陰魂が花厳さんに覆い被さったとき。
陰魂を見上げた花厳さんの顔色は紙のように白かった。
「こわ、い、よね、やっぱり……」
ダメだ、もう限界。俺は重くなる瞼にも遠のいていく意識にも抗わず、眠りにつこうとする。
「……で…………」
花厳さんが何か言った気がしたけど、それを聞き取って理解する気力はなかった。
ごめん、おやすみ……。
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