第14話


 俺とピンク頭は、持参した上靴に履き替えて校舎に入った。外から見ても大きいとは思ったけど、中にいても広いと感じる。昇降口いくつあるんだこれ。

「こんなに広いと時間がかかりそうだなあ……」

 思わずそう呟くと、ピンク頭は「そうですね、最悪です」と言ってため息をついた。

「長時間腑抜けサンが近くにいるなんて耐えられない……」

「コラァ!!」

 つーか絶対コイツも俺の名前忘れてるだろ! 本当に嫌そうな顔をしたピンク頭は、頭を搔きながら「一緒に行動するなんて提案しなきゃよかった」とボソリと呟いた。もうやだ、とても夜光さんと同い年だとは思えない。意地悪すぎる。それとも今時の高校生(俺もだけど)ってみんなこんな感じなの? むしろいつも親切な夜光さんのほうが特殊なのか?

 ピンク頭は俺の数メートル先を歩き、手当たり次第無造作にスパン! と教室のドアを開けると中を覗き込んでいた。休日で誰もいないからいいけど、黒ジャケット着てても認識されそうなくらい豪快な行動だ。

「いない……」

「そんな大きな音たててたら陰魂も逃げるんじゃない?」

 思いついてそう言うと「それはないです」とバッサリ否定された。

「陰魂にそういう『逃げたい』みたいな恐怖心はないですよ。彼ら自体が恐怖の塊みたいなもんですから。それより腑抜けサンも探してください、さっきからただアタシの後ろ歩いてるだけじゃないですか」

「わ、分かってるよ。あとその腑抜けさんってのをやめろ! まあ、1回だけの自己紹介で覚えられなかったんなら別にそれでも……」

「朝蔭淚サン、二度とアタシの真似しないでください。切り落としますよ」

「どこを!?」

 脅し文句が怖すぎる。というか俺の名前覚えてたんだ、覚えてたうえでその呼び方だったんだな……。

「そもそも自己紹介じゃなくて慈に紹介されてたじゃないですか、文句言えませんよ」

 そういえば確かに。でも肯定するのも癪だったので、陰魂を探すのに夢中で聞こえないふりをする。ゴミ箱の中にはいなかった。

「いや~いないな~」

 ピンク頭はチラッとこっちを振り返り小さくため息をついた。

「ハァ、なんで慈はこんな奴と面識あんだよ」

「そういえば、学校も違うのになんで夜光さんと仲が良いの?」

 暴言には反応しないことにして、密かに気になっていたことを尋ねる。ピンク頭はガラガラと教室のドアを開けながら「あなたに教える必要性を感じません」と言い捨てた。こいつ夜光さん以外に友達いるのかな。

「もし話して、慈との思い出をあなたに汚されたら堪らないし」

「息を吸うように俺を傷つけるね」

 その時、教室に足を踏み入れようとしたピンク頭はぴたりと動きを止めた。そして首を回して俺のことを見る。

「え、何」

「いました」

「いましたって……」

 はっとして、俺はそろりと扉を開け放たれた教室を覗き込む。

 教室の中は極めて一般的だった。「学校 教室」と画像検索すれば一番上に表示されそうな内装だ。木製の机と椅子がおおよそ40ずつある。テスト後だからか、カンニング防止のために等間隔で並べられていた。

 教室の中心に位置する机の上に陰魂がこっちに背を向けるようにしてしゃがみ込んでいなければ、本当によくある学校の教室だ。

 背骨が丸ごと氷柱になったかのように背中がキィンと冷たくなった。無意識に後ずさりする。ピンク頭はそんな俺に目敏く気づいてフ、と小さく笑った。

「だっせぇ」

 カッと頭の後ろが熱くなった。とうとう脳の血管が切れたかもしれない。俺はすぅっと息を吸ってから、思いっきりピンク頭のことを睨んだ。

「見とけ!!」

 そう吠えて、教室の中に入る。背を向けていた陰魂は、いつの間にか首だけ180°回転させてこちらを見ていた。大きさは俺より一回り小さいくらいで、陰魂になったばかりなのか少し黒い靄っぽい。

「みえてる? みえてるみえてるみえてるみえてる」

 陰魂は首だけではなく身体もこっちに向けると、ガバリと四つん這いになった。今にも飛びかかってきそうだ。

 いつもだったら、そんな陰魂の姿を見たら叫びだしたくなるほど怖がるはずなのに、今は脳みそが茹で上がりそうなほど熱くてそれどころじゃない。

 ポケットに入れていたメリケンサックを取り出し、右手に取り付けながら陰魂に近づく。陰魂との距離が3メートルくらいになったとき「開!」と叫んだ。途端に全身に熱が回り、強い安心感で満たされる。何故か頭の熱さはスゥッとかき消えた。メリケンサックを嵌めた手で拳をつくり、腕を後ろに引く。

 陰魂はあからさまに威嚇し始め、ついに「がアアッ」と叫びながら俺に向かって飛びかかってきた。何故だかその動きがコマ送りのように、ゆっくりと途切れ途切れで認識できた。

 5コマ目くらいのとき、俺は引いていた拳を思いっきり陰魂のカラダめがけて叩きつける。

「オラァ!!」

 生き物を殴ったとき特有のずしりとした鈍い刺激を感じたかと思うと、拳の先で陰魂は跡形もなく消えていった。

「……あ、閉」

 また言うの忘れかけてた。開状態を解くと、途端に全身が倦怠感に襲われる。

 乱れた呼吸を整えようと肩で息をしながら、俺は悔しそうな顔をしているだろうピンク頭のほうを見た。どうだ、もうこれで俺のこと腑抜けなんて言えないだろ。

「開状態になるの、ちょっとタイミングが早いですよ。余計に陽エネルギーが放出されてます」

「……えっ、あ、うん」

 ピンク頭は「もう帰ってもいいですよ」と言うと、もう1体の陰魂を探すためか再び廊下を歩き始めた。慌てて嵌めていたメリケンサックを外してポケットにしまい、ピンク頭の後を追いかける。ピンク頭はチラッと振り返って顔を顰めた。

「帰ってもいいって言いましたけど。さっき探したルートを辿って校舎を出れば、もう1体の陰魂に鉢合わせることはないだろうし」

「一緒に探すよ、こんなに広かったら一人で探すの大変だろうし。それにさっき見つけたの俺じゃないのに横取っちゃったから」

「はあ」

 気のない返事をすると、ピンク頭は「別にあなた一人いたところで大差ありませんけど」と言った。

「それじゃ、1階は探し終わったので2階に行きましょう」

「分かった」

 階段を上りながら、俺は陰魂を倒し終わった後に見たピンク頭の表情を思い出していた。

 どうしてあんなに安心したような顔をしてたんだろう。予想してたのとあまりにも違うから拍子抜けした。

 ……もしかして、本当はコイツも陰魂怖いんじゃないの? だとしたら弱味ゲットだぜ。

 でもどうしてだかそうじゃない気がして、俺はしばらくちぐはぐさに首を傾げていた。

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