第12話


「朝蔭さん、あっちの方のバイトは慣れてきましたか?」

「どうだろ、慣れるほどやってないしな」

 揚げたてのコロッケを什器に並べながらそう答えると、夜光さんはタバコの補充をしながら「まあ始めて一ヶ月も経ってないですしね」と頷いた。今この時間はピークじゃないから店内にお客さんは一人もいなく、気兼ねなく喋ることが出来る。

「何回依頼来たんでしたっけ」

「3回。夜光さんと行ったの合わせてね」

 3回目の依頼は、最寄り駅のトイレで出た陰魂を退治して欲しいとのことだった。恐る恐る行ってみると、まるで陰魂として生まれたばかりみたいな弱々しい奴が便器に座っていた。

「へえ、そこそこ依頼来てたんですね」

「そこそこなの? まあ、実は給料貰った日に依頼が来て……」

 脳裏にあのピンク頭がちらつき、持っていたトングを無意識にガチンと鳴らす。

「あの、朝蔭さん?」

「あ、いやなんでもないよ。そうだ、依頼ってどれくらいの頻度で来るもんなの?」

 思わず滲み出た憤りを誤魔化すようにそう尋ねると「そうですね、だいたい一週間に一回くらいですかね」という返事が返ってきた。

「週一バイトか」

「言葉にすると楽そうですよね。慣れれば実際楽ですし」

 笑いながら夜光さんはそう言った。

「慣れればね、慣れたら良いけどね……」

 ため息をつきそうになるのをこらえてそう返すと、夜光さんは「慣れますよ、大丈夫です」と頷いた。

「まだ怖いですか、陰魂」

 夜光さんは目をくりっと見開いて俺を見る。咎めたり馬鹿にしたりする様子はなく、単純に疑問に思ってそう尋ねたんだろう。夜光さんのその問いかけにどきりとして、思わず目をそらしそうになったけど、頑張って耐えた。

「……もう大丈夫だよ」

 声が震えた。嘘だって絶対バレた。

「そうですか、それならよかったです」

 でも夜光さんは俺の嘘に気づかなかったようで、ニコッと笑ってそれ以上追求してこなかった。バレなくて安心したような、バレなかったのが物足りなかったような矛盾した気持ちになったけど、俺も笑い返してこの話題を終わらせた。

「そういえばもうすぐ中間考査があるんですが、朝蔭さんの高校もそろそろですか?」

「地獄みたいな話題引っ張ってくるんじゃないよ」

 思いも寄らないところから攻撃された。ノーガードだったので思わずよろめいてカウンターに油まみれの手をついてしまった。ここさっき拭いたのに。

「す、すいません。でも大丈夫です、私もヤバいので。試験まであと3日なのに何一つ手を付けてません!」

「あの、恩を仇で返す気は全くないんだけど俺一応勉強はしてるんだ」

 今度は夜光さんがカウンターに倒れ込んだ。

「オーバーキルですよ……」

「ごめん、でも絶対今こんな所にいるべきじゃないと思う」

「朝蔭さんって殺戮ゲームとかでもう死んでる敵をしつこくいたぶるタイプだったりします?」

 夜光さんはうめきながら起き上がり、への字口になってレジ下にある割り箸などの消耗品の補充をし始めた。流石にいじめすぎたかな。

「ごめんごめん。何というか意外だったからさ、イメージ的に二週間前からみっちり勉強してそうだったから」

「それ、何故かすごく言われます」

 夜光さんは不本意そうにそう言って「本題に入りますね」と続けた。

「この時期、大体どこの学校でもテストが行われると思うんですけど、テストが終わった後絶対と言って良いほどテストを行った全ての校内に陰魂が出るんですよ」

「それって、テスト勉強で生徒に莫大なストレスがかかるから?」

「当たりです。あまりにもストレスが溜まりすぎたり大きい校舎だったりすると、陰魂が2体以上出ることもざらにあるんですよ。1日でアルバイターを総動員するぐらいこの時期は忙しいんです」

「じゃあテスト終わってものんびり出来ないのか……」

 ガクリと肩を落とす。「そういうことになりますね」と夜光さんは頷いた。

「だから今私が勉強してないのは、テスト後にやってくる激務に備えて英気を養ってるからです」

「それに関しては疑わしいぞ」

 ジトッと夜光さんを見ると「あれっいつの間にかシフト時間過ぎてました、ではお先に失礼します」と言って、夜光さんはササッと事務所に行ってしまった。逃げたな。

 夜光さんが今上がったってことは、俺はあと1時間か。あーあ、早くシフト時間終わらないかな。

 はあ、と大きいため息が口から漏れ出た。なんだよ激務って。タダでさえもうすぐ始まるテスト週間で憂鬱だったのに、新たな悩みの種が増えてしまった。そういえば俺、テスト後普通にコンビニバイトのシフト入れちゃったな、やめとけばよかった。

「俺に休みはないのか」

 そう呟いてまたため息をつくと、帰り支度を終えた夜光さんが事務所から出てきた。

「お疲れ~」

「お疲れ様です。朝蔭さん、お互いテスト頑張りましょーね!」

「夜光さんはマジで頑張ってね」

 そう返すと、夜光さんはムッとした表情になって「言われなくともですよ!」と言ってコンビニを出て行った。

 テスト週間が始まったら夜光さんともしばらく会わないな。次に会うのは早くても二週間後くらいだろうか。コンビニのシフトの被る日が2週間後だった気がする。

 あ、でももしかしたら陰魂退治の時に会うかもしれない。テスト後に始まる「激務」ではアルバイターが総動員されるらしいし、大きい学校だったら陰魂が2体以上出ることがあるって言ってたから、ちょうど依頼された場所が被るかもしれないぞ。

 ふと頭の隅でチラッと嫌な想像をしてしまった。どうしよう、被るのが夜光さんだったらいいけど、もしアイツだったら……。


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