第8話


「最後に陽具を受け取ったら手続き終了です。陽具保管庫に入る許可は取ってきたんで、早速行きましょうか」

「はーい」

 夜光さんが持ってる刀みたいな武器が貰えるのか。実は結構、いやかなりワクワクしている。

 もちろん陰魂退治は全くやりたくないけど、武器を使って戦うのは魅力的だ。小さい頃からバトル漫画とか好きだし。

「夜光さんの陽具は刀だよね」

「そうですよ」

 夜光さんは背負っているラケットケースをスライドし自分の前に持ってきて「実はこれ、肌身離さずずっと持ち歩いてるんです」と言った。

「ずっと?」

「依頼が来なくても陰魂に出くわすことがありますからね、あんまりないですけど。お守りみたいなもんです。バイト先にも持ってきてたんですよ」

「へえ、気づかなかった!」

 気づかなかったというか、今までこんなの持ってきたことあったか? 全く見覚えがない。

「この入れ物、制服のつなぎと同じ素材で出来てるんですよ。こんなの持ってるのがバレたら銃刀法違反で逮捕されます」

「なるほどね」

 納得しました。

「俺はどんな陽具が貰えるのかな~。夜光さんはなんで刀なの? 剣道でも習ってた?」

「剣道は体育でしかやったことないです。自分に合う陽具が刀だったからとしかいいようがありませんね。あ、このエレベーターで地下六階まで行きます」

「そうなの!?」

 あんなに使いこなしてるから、てっきり剣道何段とか居合術の達人とかだと思った。

「陽具は自分の身体の一部みたいなものなんで、一度も使ったことがなくても使いこなせるんです。まあ弓や銃とかの飛び道具はある程度センスが問われますけど。実際飛び道具を使ってる人たちは天才肌の人が多いですし。着きました、ここが陽具保管庫です」

 陽具保管庫は、いかにも警備が厳重そうな倉庫だった。警備員がパッと数えただけで6人はいる。あまりの物々しさに少し鳥肌が立った。

「なんでこんなに警備員がいるの?」

「不当に陽具が持ち出されてしまったら陰魂の存在が明るみになってしまう恐れがあるので、念には念をですよ。朝蔭さん、私は陽具保管庫に入れないので一人で行ってきてください」

「え!?」

 俺一人であそこに行くの!?

「ヘイ夜光さんビビってんの!?」

「ビビってんのは朝蔭さんでしょ。そうじゃなくて、私は入れないんです。もう自分の陽具を持っているので。陽具を持っている人が近くにいると、正しい陽具が選べなくなる恐れがあるんです」

「でも俺、陽具の選び方なんて分かんないよ」

「あ、それは大丈夫です。入った瞬間分かるので」

 なんだそれ。首を傾げていると、夜光さんは「私はここで待ってますね」と言って一歩下がった。

 ともかく俺は一人であの中に行かないといけないらしい。スーッと息を吸ってから、ゆっくりと陽具保管庫に向かって歩いた。扉に近づくと、前に立っていた警備員にジロリと見られたので「陽具を貰いに来ました」と言うと何も言わずに扉の前からどかれた。意を決し扉を開く。

 一歩倉庫の中に足を踏み入れると、春の陽気のように暖かい空気が俺の身体を包んだ。あまりの心地よさにしばらくぼうっとしてしまう。日当たりの良い窓際でまどろむあの感覚と似ている。

 倉庫の中は屋内だとは思えないほど空気が澄んでいた。きちんと整理整頓されていて埃一つ見当たらない。壁際に棚が設置されていて、棚には大小様々な白い箱が並んでいた。きっとあの箱の中に陽具が入っているのだろう。

「いけないいけない」

 早いところ陽具を貰って夜光さんのところに戻ろう。ブンブンと頭を振って意識を覚醒させ、倉庫の奥に進んでいく。

 奥に進んでいくほど、説明しがたい確信が俺の中で膨らんでいった。夜光さんが言っていた『分かる』ってこういうことか。

 ぴたりと足を止め、左手の棚のほうを向く。

「これだ」

 自分の目の前の高さにある棚の奥の方に手を伸ばし、自分の顔くらいの大きさの箱を引っ張り出すようにして取る。箱は今まで触ったことがないくらいしっとりとして手触りが良かった。

「軽いな、もしかして銃か?」

 箱を開けようとして、どうせなら夜光さんと一緒に開けようと思い直し、箱ごと持って倉庫から出た。

「おかえりなさい。あれ、箱ごと持ってきちゃったんですね」

 夜光さんがパタパタと走って近寄ってきた。

「えっダメだった?」

「いや、どうせ捨てちゃうので問題ないです。それよりなんの陽具でした?」

「まだ見てない」

 手招きして夜光さんを近くに呼び寄せる。

「せっかくなら一緒に見ようかなって」

「おお、光栄です」

 夜光さんは分かりやすく目を輝かせて身を乗り出してきた。

「重さ的に拳銃だと思うんだよね~」

「拳銃! だとしたらセンスあるってことですよ」

「そうなの?」

 なんか選ばれし者って感じで良いな……。顔がにやけそうになるのを抑えて「いちにのさんで開けるね」と言った。

「ドキドキしますね~」

 期待と興奮で高鳴った胸を押さえ、蓋に手を掛ける。

「せーの、いちにのさん!」

 カパッと箱の蓋を開け、中を覗き込んだ。

 そのままフリーズする。

「……あの、朝蔭さん……朝蔭さん?」

「…………え、何これ」

 震える手で箱の真ん中に置かれた「それ」を掴む。金属特有のひんやりとした冷たさが伝わってくる。その感覚が、否が応でも現実を突きつけてくる。

 いや、ちょっと待て、これだけはないだろ。

「俺の陽具、メリケンサック……?」

 箱の中に入っていたのは、オンラインショップなどでよく見るありふれたデザインのメリケンサックだった。しかも片手しかない。

 目の前の夜光さんを見ると、気まずそうに目をそらされた。

「つまり俺、ほぼ素手で戦うってこと?」

 絞り出すようにしてそう言うと、夜光さんはギュッと目をつぶり、薄く瞼を開けて「……全力で朝蔭さんのことを守ります」と言った。

 そう言われてありがたいはずなのに、何故か死刑宣告をされたような気になった。

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