第4話
「あ、サイズあったんですね。良かった」
「まあね。これが制服なの?」
「そうですよ。じゃあ行きましょう」
つい先程夜光さんから「それじゃあ準備しましょうか」と言われて更衣室に連れて行かれ、俺は昨日夜光さんが羽織っていた黒いジャケットに着替えさせられた。
自分の格好を見下ろす。ジャケットは、左胸と背中の部分に会社名(と言うより組織名?)だと思われる「CORE」という白いロゴが入っているシンプルなデザインだ。上だけしかないところといい、なんかコンビニの制服に似てるな。
「というか、これ勝手に着ちゃったけど良かったの?」
「大丈夫です。それに、それを着てないと出来ないことがあるので」
そう言って、夜光さんはさっき乗ったエレベーターの所へ向かって歩き出した。俺も後を付いていく。
夜光さんは昨日と同じ格好をしていた。背中にはさっきと同じように、ラケットケースを引っかけている。
「着てないと出来ないことって?」
気になって尋ねると、夜光さんはこっちを向いて腕を広げた。
「実はこの服を着ていると、陰魂が見えない人から認識されにくくなるんですよ」
「マジで?」
この服が? 右腕を上げて、服を透かすようにして見る。
「にわかには信じがたいけどな……。透明マントみたいな感じ?」
「? 多分そんな感じです」
ネタが伝わらなかった。俺は咳払いをして「でも、なんで見えなくなる必要があるの?」と聞いた。
「つい昨日まで朝蔭さんは陰魂が見えませんでしたよね」
「うん」
「じゃあ、昨日を除いて一回でも陰魂退治してる人を見たことありますか」
「……ああ、なるほど!」
思わず両手をパンと叩いた。「分かってくれて良かったです」と笑いながら夜光さんはエレベーターのボタンを押した。
陰魂が見えないのにそれを退治する人のことは見えた場合、陰魂退治の時に「あの人は刀を持って一人で何やってんの?」というような事態が起こってしまう。その場をやり過ごすにはパントマイムをしていたことにするしか方法がない。いやそんなことはないか。
「それにもし退治する人が見えていた場合、今まで陰魂が見えなかった人が、見えるようになっちゃう可能性があるんですよ」
「どういうこと?」
「うーん……。朝蔭さんは何か変なことしてる人がいたら見ますか?」
「見るかな」
「それをどんな気持ちで見ますか?」
「どんな気持ち……『何やってんのかな~』って思って見る、と思う」
「その『何やってんのかな~』を理解した人が私たちです」
「うん。うん?」
いや、よく分からんぞ。首を傾げて夜光さんのことを見ると「すいません、ちょっと説明が難しいです」と気まずそうに顔をそらされた。
エレベーターが来たので乗り込む。扉が閉じ、エレベーターが上昇している間無言でいると、夜光さんが口を開いた。
「昨日駅のホームで店長のモノマネしてましたよね」
チンと音が鳴ってエレベーターの扉が開く。夜光さんを見ると、下唇を噛んで笑いをこらえていた。
「に、似てましたね……んふっ」
制服の効果は充分分かったからもうそれ以上はやめてくれ。
ジロリと夜光さんを睨むと「ごめんなさい」と半笑いの顔で謝られた。
図書館の中をぐるりと見回す。誰とも目が合わない。
「今この人たちは俺達のことが見えてないんだよね」
小声でそう言うと「見えないだけじゃなくて声も聞こえていませんよ」と夜光さんが普通の音量でそう言った。
「透明マントより精度高いじゃん!」
「『見えなくする』んじゃなくて『認識しにくくする』っていう機能ですからね」
「つまり、もし今ここで『日曜日の朝にやっている女児向けアニメの主題歌をこっそり歌っていたのがバレたときの店長のモノマネ』をしたとしても誰も気づかないってこと?」
「懲りませんね~」
試しに席に座って本を読んでいるおじいさんの前に座り、近距離で手を振ったり拍手をしたりする。
「……すげえ、本当に気づかない」
マジでどうなってんだこの服。感動していると、律儀に俺のことを待っていた夜光さんに「そろそろ行きましょう」と言われた。
「ごめんごめん。ところでここからどうやってリンドウスーパーまで行くの? 結構距離あるよね」
そう聞くと、夜光さんは「着いてきてください」と言って図書館の入口方面に向かった。入り口にある、本の貸し出しなどを行う受付所に着くと、夜光さんは受付の人に「すみません」と普通に声を掛けた。
「どうされました?」
受付の人は、声を掛けた夜光さんに対してニコリと笑った。あれ、認識されてる。この人も『見える人』なのか?
「リンドウスーパーに行きたいんですけど、ちょっと遠くて。車出してくれませんか?」
「お、夜光ちゃんどうした?」
奥の方からおじさんがヒョコッと顔を出した。えっあの人も見えるの?
「お疲れ様です、ちょっと依頼先が遠いので車出して欲しくて……」
「そんならちょうど今からそっち方面に移動図書館車出すところだったから、それに乗ってきな」
「ありがとうございます!」
夜光さんは「移動図書館車に乗せて貰えることになりました」と笑って俺のほうを向いた。
「もしかして、図書館の職員全員『見える人』だったりする?」
移動図書館車が停めてあるという図書館の裏口に向かいながらそう聞くと、夜光さんは「そうです、よく分かりましたね」と感心した声を出した。
「ここの職員さんは図書館で働いてると共に、『コア』でも働いてるんですよ」
「そうなんだ」
掛け持ちか、大変そうだな。だからさっきのスーツの人もあんなに隈が濃かったのか?
「この図書館は『コア』のカモフラのために建てられたようなものですからね。他の支部だとデパートやお菓子屋さんがカモフラになってるところもあるんですよ」
「へえ~」
そういえばここ第十八支部とかいってたな。少なくともあと十七はあるのか、こんな施設。
「で、今回みたいに自分の足で行くにはちょっと大変なところに陰魂が出た場合、こんな感じで足を出してくれるんですよ」
「親切だね」
何というか、そこまで悪い職場じゃないように思える。コンビニでしか働いたことないから適当なことしか言えないけど。
「一体どこら辺がブラックなんだろうな……」
思わず心の声が出てしまった。夜光さんの方を見ると、ポリポリと頬を搔きながら「さあ……」とあさっての方向を向いた。
やっぱりブラックなのは否定しないんだな……。
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