第3話

「夜光さん夜光さん夜光さん夜光さん」

「あ、朝蔭さん! ……どうしました?」

「めっちゃいるじゃん駅だけじゃないじゃんなんなら俺の家のトイレにもいたんだけど」

 ノンブレスでそう言い切ると、夜光さんは気まずそうに頬を搔いた。

「まあ……駅だけとは言ってないんで……」

「言って!? 昨日俺改札出てレシート外した瞬間鼻先にいたんだよ!? 化け物!」

「おお、ご愁傷様です……」

 夜光さんはそう言って「ま、取りあえず図書館に入りましょう」と俺を促した。俺は夜光さんの後ろにぴったり張り付くようにして後ろを歩く。

 俺は勘違いしていた。化け物は駅だけにいるものではなかった。町のあらゆる所で化け物はうろついていたのだ。

 特に高校は酷かった。どこを見ても化け物が視界に入ってくる。夜光さんから貰ったお札を貼って見えなくしたかったけど、その場合端から見ればやばいヤツになること請け合いなので自重した。まあそれを抜きにしても、俺のあまりの落ち着きのなさに「なんかキメてる?」と友達から言われてしまった。吸ってないし打ってもない。

 夜光さんは図書館の奥にあるエレベーターの所まで行き、ボタンを押した。上の階に団欒室でもあるのかな。

 この図書館、高校からは近いけど、あまりというか全く来ないから建物の構造がよく分からない。何度も言うが俺の国語の成績は二だ。普段本なんか読まない。

 ふと夜光さんの方を見ると、昨日駅で背負っていたラケットケースを背負っていた。気になったので尋ねてみる。

「夜光さんって何の部活入ってるんだっけ」

「地学部です。屋上で星とか見てます」

「ロマンチックだ」

 テニス部やバドミントン部ではないということは、やっぱりそのケースの中に入ってるのは昨日見た刀なんだろう。銃刀法的に大丈夫なのか?

 チンという音がして扉が開き、俺と夜光さんはエレベーターに乗り込んだ。

「気づきました?」

「ん?」

 夜光さんが右手の人差し指で示したところを目で追う。夜光さんはエレベーターの開閉ボタンを指さしていた。そのボタンがどうしたというのだろう。

「これ、地下にしか行けないんですよ」

「……階数のボタンがない!」

 怖くなって降りようとした瞬間扉が閉まった。

「普通の人だったら、このエレベーター認識できないんですよね」

「まさかこのエレベーターも化け物なの!?」

「めちゃくちゃな発想ですね、違います」

 じゃあなんなんだ一体。恨みのこもった目で夜光さんを見ると「大丈夫ですよ」といつも通りの声色で言われた。

 エレベーターはゆっくりと下がっていき、チンと音が鳴って止まった。

 そして扉が開く。

「朝蔭さん、私、ここでもバイトしてるんです」

 目の前には、おおよそ図書館の地下だとは思えないような空間が広がっていた。

「ここ、って」

 恐る恐るエレベーターから出る。吹き抜けになっているところがあり、手すりにつかまって下を覗き込んでみた。

「地下七階まであるんですよ。まあほとんどの人は五階までしか立ち入り許可されてないんですけどね。私もそうです。ちなみにこの階より下に行くときは、ここじゃなくて別のエレベーターを使わないと行けないんですよ」

 夜光さんも俺と同じように手すりにつかまって下を覗き込んだ。

 図書館の地下は、俺がよく行くショッピングモールのような構造になっていた。とは言っても、ショッピングモールのような華やかさはない。各階ではスーツを着た人たちが難しそうな顔をしてパソコンに向かっていたり、外からでも中の様子が分かるガラス張りの部屋で何やら話し合いをしたりしているのが見える。ショッピングモールというよりは、高層ビルの中って感じがする。高層ビルの中に入ったことがないから違うかもしれないけど。

「ねえ、ホントにここ図書館なの?」

「図書館の地下ではあるんですけど、ここは図書館じゃないです」

「どういうこと?」

 夜光さんの方を見ると、夜光さんは手すりを離して俺のほうに向き直った。

「ここは陰魂対策組織『コア』の第十八支部です」

「いんこん……?」

「詳しい話をしたいので、どこか座れるところに行きましょうか」

 そう言うと夜光さんはどこかに向かって歩き始めた。

 なんか疑問を増やされた気がする。首を傾げながら、夜光さんの後に付いていった。

「……そういえばここ、あの化け物いないね」

「気づきましたか、なぜかここには入ってこないんですよ。あ、ここで話しましょう」

 そう言って夜光さんはソファーに腰掛けた。俺も少し間を開けて夜光さんの隣に座る。

「ええと、何から話しましょうか」

「ねえ夜光さん、俺の目どうなったの」

 今一番気になっていることを単刀直入に尋ねた。

「目、というか」

 夜光さんは目線を上にやって「目だけではなく朝蔭さん自身が変わりました」と言った。

「俺自身が……」

「何というか、分かりやすく言えば第六感が開いた感じでしょうか」

「今すぐ閉じたいんですが」

「無理です」

 無慈悲にもきっぱりそう言われた

「そんなあ……」

「で、でもしばらくすれば慣れるんで大丈夫ですよ」

「慣れたら駄目だろ……」

 ガクリとうなだれる。マジで? 俺一生あの気持ち悪いヤツ見えるままなの?

「つかなんで見えるようになったんだ?」

「朝蔭さんの場合、特に原因はないと思います。ほとんどの人はいきなり見えるようになるんです。私もそうでした」

「マジか、理由ないんだ……。夜光さんはいつから見えるようになったの?」

「ええと、小学五年生のときですね。学校帰りに急に襲われたときはビビりました。ハハハ」

「笑えないよ」

 そんなに早いうちから見えてたらそりゃ慣れるか。いや、どうなんだろう。

「昨日駅にいたアレは『陰魂』と呼ばれています。陰魂は陰のエネルギーが過剰に集まってしまった物で、ほっとくと悪影響を及ぼします。見える私たちには直接的な危害を加えてきますが、見えない人たちには陰のエネルギー放出を促します。要は、悪事を誘発させるんです」

「つまり見える俺は」

「襲われますね」

 終わった。

「じゃあ、あちこちにうようよいる化け物は全部陰魂ってやつなの?」

「いや、多分ほとんどは陰魂になる前のものですね。放っておいても害はないです」

「そうなんだ、正直違いが分からん」

「確かに見分けは付きにくいですね。でも昨日見た陰魂、すごく嫌な感じがしませんでした?」

「うん、何というか本能的な恐怖を感じた」

「目の前にいたときに『逃げなきゃ!』って思わせるぐらいヤバいのが陰魂です」

「嫌だそんな見分け方!」

 というかまたあんなのと出くわしたらどうすればいいんだ。昨日はたまたまいた夜光さんが助けてくれたから良かったものの……。

「そういえば夜光さん、昨日アレ相手に戦ってたけど」

 そう言うと、夜光さんはちょっと照れたように頬を搔いた。

「戦うってほどじゃないですけどね。陰魂は放っておくと悪影響を及ぼすので、倒さなきゃいけないんですよ。ちなみに陰魂を倒すことを『中和する』っていうんですけど」

 夜光さんはぐるりと周りを見渡した。

「さっきも言いましたが、ここは陰魂対策組織『コア』というところです。その名前の通り、陰魂が発生しそうな所を分析したり、現場に行って陰魂を倒したりしています」

 夜光さんは周囲に向けていた目を俺に向けた。

「私はここでバイトとして働いています。バイト内容は主に陰魂を倒すことです」

「じゃあ、昨日のあの格好は」

「職場の制服ですね。アレにも秘密があるんですが、それは後で話します。朝蔭さん、率直に言います。ここで働きませんか」

 なるほど、そうきたか。夜光さんが期待を込めた目で俺のことを見上げている。でもなあ、いくら可愛い後輩からのお願いでも、なんかよく分からない危険そうなバイトするのもな……。夜光さんには申し訳ないけど断ってしまおう。

「うーん、俺忙しいからバイトの掛け持ちは難しいかな~。ほら、俺来年受験生だからさ! だから無理かも、ごめんね!」

「陰魂から何の自衛も出来ないの怖くないですか?」

「選択肢なんてなかった」

 とんだ詐欺じゃないか。恨みがましい目で夜光さんのことを見ると「実際見える人ほとんど全員が『コア』で働いてるんですよ」と慌てたようにそう言った。

「……じゃあやるよ。ここで働く。陰魂ってヤツ怖いし。怖いけど……怖いなあ……」

「ホントですか!」

 夜光さんはパッと笑った。

「強引に勧誘してしまってすみません、引き受けてくれてありがとうございます」

「ホントだよ、実質一択だったよ」

 あーあ、なんかよく分からないバイト掛け持ちすることになっちゃった。正直色々なことがいっぺんに起きすぎて全然処理出来てない。流された感否めないし。明日あたりバイト引き受けたこと後悔するんだろうな……。明日の俺ごめん。

「ねえ、もしかして俺も夜光さんみたいに、その陰魂相手に戦わなきゃいけなかったりする?」

「そうですね、社員じゃなくてアルバイターだと大体の仕事内容は中和です」

「だよね……」

 薄々分かってたけど改めて聞くと怖い、怖すぎる。もうホント意味分からん何だよ中和って陰魂って何だよマジでよ……。

 思わず頭を抱えていると、夜光さんが下から俺を覗き込んできた。そして俺を安心させるかのようにちょっと笑った。

「大丈夫です。朝蔭さんは私が守ります」

 またこの後輩は。俺は両手を頭から離して顔を上げた。

「いや、それはなんか情けないからいいよ……やっぱお願いしてもいい?」

「もちろんです。それじゃあ、早速手続きを……」

「あ、夜光さん」

 夜光さんがソファーから立ち上がった瞬間、タイミングを見計らったかのように誰かが夜光さんのことを呼んだ。声のした方を見ると、スーツを着ていて、いかにも事務員って感じの人が小走りでこっちに近づいてきていた。

「お疲れ様です」

「どうも。ついさっきリンドウスーパーの屋上の駐車場に陰魂出たから行ってきてくれない?」

「リンドウスーパーって……」

 夜光さんは眉をひそめて俺のことを見た。

「うん、俺達が働いてるコンビニの近くにある」

「そうそう、竜胆駅の近くのね。ん、あれ? 君見ない顔だけど」

「あ、新しく入ったバイトの朝蔭です」

 勢い余ってそう答えてしまった。まだ何の手続きもしてないのに。というか夜光さんの一存で働くって決めたけど、採用されなかったらどうすればいいんだ?

「そうなんだー! いやあ人手不足だから嬉しいよ。よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 杞憂に終わった。人手不足なら採用されるか。まあ、されないならされないでいいんだけど。

「今日入ったばかりなの?」

「はあ、まあ……」

 まだ面接すら受けてないですけどね。というかあるのか?

「そっか~。……そうだ、それなら今、夜光さんに付いて仕事見学すればいいんじゃないかな! うんうん、それがいい!」

「あっ?」

 今から仕事見学って、それって化け物退治しに行くのに付いてくってことだよな?

 無理! 怖い! まだ心の準備が出来てない!

「ええと、朝蔭さんは本当に今ここに来たばかりでして……」

 夜光さんがやんわりとそう言うと、スーツの人は「大丈夫だよ!」と親指を立てた。大丈夫だと思う明確な根拠を示してくれ。

「夜光さんが一緒なんだから、よっぽどのこともないでしょ! それに現場を早めに知っといて損はないしね! じゃあ頼んだよ~」

「あ、ちょっと!」

 スーツの人は笑いながらまた小走りでどこかに行ってしまった。

 しばらく沈黙が流れる。夜光さんのことをチラリと見ると、視線に気づいた夜光さんが俺のことを見上げた。

「……今の人、隈ヤバかったね」

「コーヒーの匂いもすごかったですね。確実に三徹はしてそうです」

 おおよそ冷静な判断が出来ていなそうだった。なんか目の焦点合ってなかったし。

「ねえもしかしてここってブラック?」

「そんなことは……」

 夜光さんは渋い顔をして押し黙ってしまった。あるのか心当たり。

「……どうします、一緒に行きます?」

 夜光さんは渋い顔のままそう尋ねてきた。

 正直行きたくない。俺だったら怖い化け物に自ら会いに行くなんてことは、いくら気が狂っていてもしない。

 でもこれから嫌でも関わることになるしなあ……本当なんでこんなことになったんだ?

「まあ、現場経験は積んどいた方が良いです。いきなり本番よりかは見学して勝手を知った方がいいのはどこの職場でもそうだと思います。……あ、後輩なのに上から物を言ってしまってすみません」

 夜光さんはそう言うと、俺の返事を待つかのように、口を引き結んで俺の顔を見つめた。

「……お手本見せてくださいセンパイ」

「その呼び方はやめてください。いたたまれない」

 仕方ない、腹を括ろう。センパイがきっと良いお手本を見せてくれるはずだ。

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