第41話 ぼくは戦争カメラマンのつもりで無情に撮影に集中する。
祥子の家に結婚の挨拶に行った帰りに海を眺めた海岸へ家族そろってやってきた。気が向くと来ることにしている。
砂浜に三脚を立てて、海岸から海、水平線、空と一枚におさめる。諧調の豊かな表現が要求される。フィルムだったら粒状性の高い高級なフィルムが必要なところだ。ダイナミックレンジの設定を確認する。
カナと祥子が遊んでいるところを手持ちで撮る。単焦点の明るいレンズに絞り解放気味でシャッタースピードをかせぐ。
カナがつまづいて転ぶ。砂浜につくほどカメラを低くかまえてカナの表情を撮る。ほっぺに砂がついていた。起き上がると、体の前面全体に砂がついてしまっていた。祥子がはらってやる。カナが不満そうにぼくを睨む。ぼくは戦争カメラマンのつもりで無情に撮影に集中する。
犬の散歩の人が波打ち際をやってきた。カナが大型犬の背中に飛びつく。犬をなでまわす。犬は迷惑そうな顔だ。祥子が引きはがして、飼い主に頭をさげる。
「うぉーい、カーナちゃーん」
海岸沿いの道路をキャリーケースを引いてミカンちゃんが手を振りながら歩いている。カナと祥子が走り出す。ぼくは三脚をたたんで担いだ。
「今日帰って来たんだ。いってくれれば迎えに行ったのに」
ミカンちゃんの撮影をする。
「そうか。その手があったか」
「お父さんかお母さんは?」
「お父さんは仕事じゃない?お母さんはボランティアかな?知らないけど。旅行中歩きまわったから、このくらい歩くのは全然普通になっちゃった。だから連絡してない」
二箇月も留守にして、帰ってくるときに連絡なしか。祥子の両親に同情する。
「とにかく、帰ろうか。荷物もつよ」
ぼくは自分のカメラの機材をもち、ミカンちゃんのキャリーケースを引いた。カナも一緒にキャリーケースを引く。
ミカンちゃんは、スイスでぼくたちと別れてからイタリアのミラノに行って、イタリア、ギリシャを観光して帰ってきた。
「学校は大丈夫?」
「うん、セミナーはじまってるけど、わたしの番まだだから」
「そう。二箇月以上行ってた?」
「ちょうど二箇月くらいじゃないかな。いやー、大変だった。足太くなったんじゃないかと心配だよ」
「そんなことないんじゃない?」
ぼくは頭をはたかれた。祥子は無言だ。ミカンちゃんの足を見るなという抗議だろう。別にいやらしい意味じゃないんだからいいと思うんだけど。
荷物を実家の玄関まで届けた。
「あれ、あがってかないの?」
「またあとでくるよ。お父さんとお母さんといっぱい話した方がいいよ」
「そっか。スポンサーだしね」
「まあ、そういう意味も含めてかな。あとゆっくり風呂につかるといいよね」
ぼくたちは、おかえりといってミカンちゃんとわかれた。
「ミカンちゃんがちゃんと帰ってきてよかったね」
「そうだね。ちょっと心配だった」
「女の子だからね」
「うん」
「カナも大きくなったらひとりで旅行に行っちゃうのかな」
「行っちゃいそうだね。イチゴちゃんと一緒に行ってくれればいいけど」
「まだね、ふたりのほうがいいよね」
カナのことになると、楽しみと心配が同居したような気分になってしまう。ぼくにできることは、安全に旅行するための力をつけてあげることくらいだ。撮影旅行にカナをつれていってもいいかもしれない。
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